Wearable Ideas RLL

ネグリにポトラッチ!

4月5日 金曜日、ネグリの東京観光ルートにIRREGULAR RHYTHM ASYLUMが入るという情報をキャッチし午後から待機していたが、午前の浅草観光も早々にホテルで休んでいたようでキャンセルの報を受ける。長旅でお疲れだし、なにしろ今年80になる老哲学者だ、仕方ない。この国の最重要の問題「原発」に対する市民の対抗運動を、ネグリは最優先で観るため他の観光はキャンセルして体力を養ったのだった。という訳で、IRA待機組は官邸前に行きネグリを待った。

あっネグリ登場!
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コールしている官邸前から国会前までぐるりと一緒にそぞろ歩き
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スピーチをお願いされるも、日本の事情を把握できていないので辞退する
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凹のドラム隊の演奏がはじまり、リズムにノるネグリさん
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官邸前に初来日のネグリ現る


そして念願の、5年越しのRLLTシャツポトラッチ!!!!
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大喜びで笑みを浮かべガッツポーズ!そして握手!
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気に入ってくれたようで、ホテルに戻ってもTシャツを広げて「私が真ん中」っていろんな人に見せまくっていたらしいですよ。ただのミーハーですけど嬉しすぎて舞い上がってしまいますね。




翌日のシンポジウムもよかったっす。

アントニオ・ネグリ初来日講演(1)『マルチチュードと権力:3.11以降の世界』

アントニオ・ネグリ初来日講演(2)~日本からの報告

アントニオ・ネグリ初来日講演(3)~全体討論
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「日本におけるアントニオ・ネグリとの対話」ネグリ×姜尚中

日本におけるアントニオ・ネグリとの対話 一部

日本におけるアントニオ・ネグリとの対話 ニ部

日本におけるアントニオ・ネグリとの対話 対話



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戰爭放棄


ネグリ祭チュードなリンク集

アントニオ・ネグリ春の来日キャンペーン!?
ネット上で、日本語で読めるネグリ関連の文献を集めてみました(順不同です)。


『コモンウェルス――を超える革命論』書評。 とりあえず旬なので
朝日読売日経


アントニオ・ネグリの言葉 ハートも
◉インタビュー〈新しい民主主義へ〉(全文)朝日新聞<12(H24).1.4>
◉3.11文明を問う「グローバル時代の大震災」47NEWS
◉哲学クロニクル「ハート/ネグリの討論会」中山元 氏翻訳 その一 その二
◉マイケル・ハート『野性のアノマリー』英訳者序文「権力/力能の解剖学」小野俊彦 氏訳


知識人によるネグリ本の書評 じつはあまりない…
『構成的権力――近代のオルタナティブ』評
◉市田良彦 氏「絶対的民主主義からの出発
◉山の手緑&矢部史郎 氏『文藝』(99年秋号、河出書房新社)掲載の書評
◉大杉重男 氏「スタジオ・ヴォイス」(99年8月号)での書評
◉姜尚中 氏「憲法制定権力と構成的権力
◉松岡正剛 氏の千夜千冊

◉杉村昌昭 氏『スピノザとわたしたち』評
ネグリ思想の精髄——スピノザをポスト近代の思想家として定位する
◉柄谷行人 氏『マルチチュード――時代の戦争と民主主義』評 朝日新聞 書評欄掲載
◉中山元 氏『さらば、“近代民主主義”――政治概念のポスト近代革命』評「新しい概念の構築に向けて
◉小倉利丸 氏『野生のアノマリー――スピノザにおける力能と権力』評
スピノザにおける資本主義批判とは 『野生のアノマリー』と『神学政治論』の<あいだ>を読む
◉小倉利丸 氏『自由の新たな空間』評
マルクス主義第4の危機の時代に『自由な新たな空間』を読む」 
◉春永浩敏 氏「アントニオ・ネグリの『時間機械』」 これは既刊の『革命の秋』のことか?
◉ 書評空間 紀伊國屋書店スタッフ『ディオニュソスの労働―国家形態批判』評 官公庁営業部 林茂 氏
◉本が好き!編集部ナガタ 氏『戦略の工場――レーニンを超えるレーニン』評
レーニン思想の現代向けアップデートを目論むという『戦略の工場』


ネグリ諸情報と諸論考 おかげでネグリの周囲を見渡せる!
メルマガなどはもっと当時はあったかもね…
◉[本]のメルマガ■「ネグリから編集者への私信」+『マルクスを超えるマルクス』日本語版序文
◉[本]のメルマガ■「現代思想の最前線>第6回 イタリア帰還前後のネグリ
◉[本]のメルマガ■「韓国でアントニオ・ネグリはなぜ読まれているのか?
◉[本]のメルマガ■「韓国におけるネグリの翻訳事情
◉[本]のメルマガ■「『〈帝国〉』から『ホモ・サケル』へ
◉[本]のメルマガ■「臨時増刊号:『〈帝国〉』プレヴュー
◉ポリロゴス・ニュース第6号「ネグリ・リソース集」 
◉ウラゲツ☆ブログ「後日談:ネグリ来日中止をめぐる粉川哲夫氏と市田良彦氏の往復書簡
◉ウラゲツ☆ブログ「『マルチチュード』以後のネグリの新刊・再刊をおさらい
◉小倉利丸 氏「アウトノミアと拒否の戦略 21世紀のコミュニズムへ向けて
◉武藤一羊 氏
非物質的労働とマルチチュードの不思議 ネグリ、ハートのネガ・ポジ反転論を批判する」PDF
◉小倉利丸 氏「非物資的労働をめぐって―武藤論文への応答として」PDF
◉沖公祐 氏 欧米マルクス主義研究会報告「Negri, Antonio, Marx Beyond Marx, Lesson 2 “Money and Value”


アウトノミアとネグリへの政治弾圧について
◉酒井隆史 氏「〈運動〉以降
◉小倉利丸 氏訳・解説
イタリアにおける政治弾圧の実態 アウトノミアはどのように圧殺されたか
トニー・ネグリに自由を イタリアの「鉛の時代」に終止符を!


『〈帝国〉――グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』へのレスポンス
これがやっぱり一番多い。
◉中山元 氏「ハート/ネグリの『帝国』を読む
◉浜邦彦 氏「〈帝国〉とポストコロニアリズム―「移行」をめぐる覚書
◉水嶋一憲「〈新〉植民地主義とマルチチュードのプロジェクト」PDF
◉宇波彰 氏「『帝国』論」PDF
◉崎山政毅 氏「〈帝国〉とは何か」PDF
◉植村邦彦「新しい「帝国」概念の有効性――ハートとネグリの『帝国』をめぐって――」PDF
◉加藤哲郎 氏「マルチチュードは国境を越えるか? ネグリ=ハート『帝国』を政治学から読む
◉加藤哲郎 氏
グローバル情報戦時代の戦争と平和──ネグリ=ハート『帝国』に裏返しの世界政府を見る
◉八束はじめ 氏「遅ればせながら「21世紀の『共産党宣言』」を論ずる書評
◉田中純 氏「帝国と都市──方法の問題
◉北沢洋子 氏「新しい「帝国」の時代に入った
◉対談 降旗節雄・岩田弘「ネグリ・ハートの『帝国』と現代資本主義の諸相(一)
◉市田良彦・臼杵陽・浅田彰・柄谷行人「共同討議「帝国」と「原理主義」」(『批評空間』2002-2) 


〈書抜き書きメモ〉
◉西谷修、酒井直樹、遠藤乾、市田良彦、酒井隆史、宇野邦一、尾崎一郎、トニ・ネグリ、マイケル・ハート『非対称化する世界――『〈帝国〉』の射程
◉『さらば、“近代民主主義”
◉『マルチチュード 〈帝国〉時代の戦争と民主主義(上)
◉『マルチチュード 〈帝国〉時代の戦争と民主主義(下)

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ネグリ歓待

ネグリ祝来日のサイト作りました。
negri_banner http://www.wismc.org/symposium/

さてアントニオ・ネグリに外務省通からビザがおり、ネグリさんも来日をOKしたそうで、関係者の積年の念いも通じそうです!
国際文化会館さんえらい! 力を出した先生たちどうもありがとうございました! まさにファン冥利に尽きます!

2008年のネグリ来日出来なかった顛末は、RLL38 Antonio Negri Tシャツライナーノーツにちょっとだけ書かれているけど、(オフィシャルなのは コレ)あのときは、ほんとTシャツが売れず在庫を持て余し災難だったんです。人の商売じゃましやがって法務省! 外務省! 忘れねぇからな。

デザインしたTシャツも‪Wailers‬「Burnin’」見立てのネグリだなんて、‪誰得の食い合わせ。‬しかし名盤バーニンはGet Up, Stand Up、Hallelujah Time、Burnin’ and Lootin’、Small Axe”とネグリの思想と共鳴しそうな名曲揃い。案外ネグリも(ギルロイに気をつかいながら)ウェラーズを好きなこと隠してないんかな、と強引にデザイン。レゲエ→反帝国主義・反レイシズム→左翼というコースに沿って考えれば、多くの思想圏がネグリとギルロイの間に広がっていることは間違いのないことなのだ。


僕は99年『構成的権力』(松籟社)ではじめてネグリという思想家を知り、クールなジャケに騙されて間違って読んじゃったりしてなぜか大感動したりして。その後『〈帝国〉』(以文社)が大ブレイクして2001~3年あたりで、世間もちょっとしたネグリブームにもなったもんだ。出版前の杉村昌昭さん酒井隆史さんらが解説した帝国・マルチチュードとは勉強会に行ったり、個人的にも世間的にも、なんだかあの10年前は911と相まってポストモダン政治思想のルネサンス感があったと記憶している。08年にはネグリの替わりに反G8サミットでハートが来たりしたし、ずっと無視出来ない存在としてあった。ざっくりでいいから見取り図を引けて使える、反グローバルムーブメントから、アラブの春やオキュパイまでも射程に入れて併走出来る政治思想は、結局ネグリしか居なかった。イラク反戦から10年、ハートとの共著は毀誉褒貶ありながら現場で一番読まれ、マルチチュードやコモンズという言葉が希望として愛されたのじゃないだろうか。『芸術とマルチチュード』(月曜社)ではPUNKとzineについて、『未来派左翼』(NHK出版)では現代中国のことも語っていて、ほんとアクチュアルな評論も多い。社会学からではない、現代の国家と資本主義への哲学現代思想からの射程の広い分析としては随一ではないだろうか。オピニオンとしてこの先の世界を照らす彼の言説は狭いアカデミシャンの世界よりずっと広く求められている。自分史的には2011年には911原発やめろデモでとっ捕まり、差し入れされた『野生のアノマリー』(作品社)を独房で読めたことで、大きな希望を得たこともあった。自由を奪われた状況で永遠を信じる、スピノザ→ネグリ→僕への贈り物を拘束の中で受け取ったのが物語として大きい。ネグリを通してスピノザの恩寵を与えられたのだった。ネグリが獄中で書いた本が、不自由な身を解き放つ哲学でないわけがない!


だから5年前のあの彼が不自由なときのメッセージにはこうあった。

大きな失望をもって私たちは訪日を断念します。
数カ月にわたり訪日を準備してくださったすべての皆さん(木幡教授、市田教授、園田氏——彼は日々の貴重な助力者でした——、翻訳者の方々、諸大学の関係者の方々、そして学生の皆さん)に対し、私たちは申し上げたい。あなたたちの友情に、遠くからですが、ずっと感謝してきました。私たちはこの友情がこれからも大きくなり続けることを強く願っています。皆さんの仕事がどれほど大変だったかよく分かります。皆さんに対しては、ただ賛辞があるばかりです。
パーティは延期されただけで、まもなく皆さんの元へ伺う機会があるだろう、と信じたい気持ちです。
友情の念と残念な思いを込めて……
ジュディット・ルヴェル
アントニオ・ネグリ


最後の「パーティ~」のくだりが未来を予見していたかのように、ネグリがやってきます!

やった!

そう、スピノチストの永遠を信じる心には諦めがないのです!



でも現実は厳しい。今回だって、政治の火種を未だ燻らせている不屈の老哲学者が、かつて三里塚闘争で知られたところから飛行機で降りて来て放射能降りそそいだ帝都東京へ来るまでは、安心出来ないのかもしれない。革命的警戒心という用語も廃れた2013年に、この哲学者を歓待する難しさについては、どのくらいリアリティがあるんか分からないけれど。例えるならコスタ・ガブラスの映画を地でいっている人、カルロスより劇的な哲学者。「BRUTUS TRIP」で有太マンが”秘境”としてか(?)会いに行った人(http://www.madfoot.jp/blog/yutaman/2008/09/post_126.html)。秘仏御開帳なみのレアさです!



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そんなんで、今回、極秘にネグリ来日シンポジウムのWEBページをartNOMADさんと一緒に作らせて頂きました。「ネグリでんぐり」という前回のWEBを作ったartNOMAD氏と恊働ができて〈コモン〉な嬉しさもあります。リベンジです!
見た目はネグリを桜の季節にお迎えしようという身も蓋もないデザインですが。背景のネグリ本はintellipunk蔵書、いつも棚を飾っている背を積み重ねてみました。今までは[本の中の人]だったのに逢いに行ける!というワクワクを込めて、アノニマスだけど類がない感じになったかな。


シンポジウムは2回あって、国際文化会館主催「アントニオ・ネグリ×姜尚中」と、僕がウェブデザインを依頼された日本学術会議主催の「マルチチュードと権力 : 3.11以降の世界」と題された方。こちらは迎える役者は市田良彦さん上野千鶴子さん毛利喜孝さんと硬軟合わせたベストな布陣に立役者コーディネイターは伊藤守さん。凄く楽しみ、というか待たされたぶんの想いがつまっているシンポジウムです。

コモンウェルスも読みましょう。
朝日http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013022400012.html
読売http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130128-OYT8T00930.htm
日経http://www.nikkei.com/article/DGXDZO51573460Z00C13A2MZC001/

最新刊『叛逆―マルチチュードの民主主義宣言』(NHKブックス)も23日に出ます!

これを記念にRLLは、RLL38 Antonio Negri Tシャツのピンクボディバージョンを2013年版リミックスとしてリリースします!
この濃桜色の感じがネグリの思想と相性いいね。パキッと陽性な感じが彼の魅力でもありますし、ピンクの「Burnin’」で春を向かえよう!


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世界のコレクティブ事情知りたし。

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http://irregularrhythmasylum.blogspot.jp/2013/03/315-ira.html
ジョグジャカルタのアート・グループ「タリン・パディ
スラバヤのインディペンデント・ライブラリー「c2oライブラリー



ONE DAY STORE 開店!

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1日のみのオープンで、珍しいサブカル系の古本とアンティークのワンデーショップを開きます。
開店日は、明日(2月9日)。
スペクテーター編集部が応接します。
無料のサパティスタコーヒーも出しているので気軽に冷やかしに来て下さいな。
ぜひ遊びにきてください。

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場所:高円寺〈SHISHA SALON Chillin’〉
www.shisha-chillin.com
時間:11時~14時(商品がなくなるまで)
*雨天の場合は翌日に延期します。

写真は明日出品する予定の本や骨董、古道具などなど。
今、どれを出そうかいろいろ悩んでます。
(非売品も一部あり!ごめんなさい!)
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読書習慣における浴槽と沈黙の二、三のおもいつき

読書好きだといってる割には、本は買うなんだけど読めてなく、積ん読が溜まっていて。
普段読書する時間とか、根気とか、余裕とか、ネットとかいろいろあって読み進めていない本がたくさんある。
たぶん日常の読書習慣が付いてない。。。(実はそういう人他にも居る?)
主に、重いソフトの処理中に片手間に読むか、通勤電車で揺られながらか、とにかく読めてない。
わざわざ図書館やお気に入りの喫茶店の席まで出かけて本を読む努力をする友人もいる。
尊敬する某先生は寿司屋のカウンターでも喰いながら本を読んでいるらしいけど。僕はそこまで出来ない。


だから、あえて読書の時間と空間を創ることを考えている。


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そこで読書浴というスタイルを、「気狂いピエロ」のジャンポール・ベルモンドきどりで。

最近はお風呂で、湯船で本を読んでいる。
半身浴しながら、長風呂で読み進めるとなかなか調子がいい。
メールも着信しないしネットもない四角い空間で集中できる。
付箋だって蛍光色したプラスチック製で水に強い。

紙がふやけない?って疑問もあるだろうけど大丈夫。
近年、流通で返品されるときにカバーは汚れにくいように、ニス塗りかPP貼りのカバーが多い。特にPP(ポリプロピレン)貼りは本の外装をサランラップしているようなモノだから水を弾いてくれて、防水加工といってもいい。
僕が2012年ベストに選んだ、ジャンニ・ヴァッティモ『透明なる社会』やジャック・ドンズロ『都市が壊れるとき』もPP貼りだったので、バスタブに浸かってゆっくり読めたものだ。

自分で本をデザインする際、PP貼りは今のライフスタイルにぴったりなんじゃないかって思っている。情緒がなくなったと言われたりするだろうけれど、多種大量生産品として出される新刊にはPP貼りのカバーは合っていないかな。(造本文化で育まれた綺麗なファインペーパーでしっとりと活版で印字した美本は、それはそれでいいものだけど。それに特別な本は豪華本という骨董的ジャンルとして残ってゆくでしょう)現代の印刷技術は、工芸というよりデジタル製版でシャープな仕上がりになっていて、印刷もPPとよく合う。写真の再現度もおそろしくクリアになって、一昔前の印刷と違うフェーズに入っていると感じている。キンドルやiPhoneで文字を追う日常、自然と読書する本も活字という呪縛から解き放たれようとしている印象だ。PPカバーは通勤カバンの中でこすれたり、よれたりにも強い。テカテカがいいのならコートPPでしっとりと行くならマットPPの単行本がいいと思ってる。

それにお風呂ならPPカバーの単行本を読むのもいいけど、ざっくりしたペーパーバッグや文庫の裸本を浴槽でゆったり読み捨てるのも、入浴読書ではいいのかもしれない。通勤時間のノイジーな列車の拘束を忘れるためのエンターテイメント読書とは違う、自分のためにする日常を変えるトリッピンで思弁的な読書が出来る。

言っちゃえば読書の質が違う。

お香やアロマオイルで匂いでも脳みそを刺激しながら、ゆったり汗の出るまで読書する半身浴。
風呂場用眼鏡も新調しちゃったし、はまります。


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それと読書会という読書習慣。

読書会やって、普段読むモチベーションがない本は、人と一緒に読む。ゼミの発表みたいなサークル勉強会みたいな感じもあるけど、社会人読書サークルも悪くない。課題図書の選定になかなか紛糾したりしなかったり。

自分を鍛える「読書会」のすすめ」って見出しで竹田青嗣先生が読書会を勧めてます。
http://www.bookscan.co.jp/interview2.php?iid=126&page=3#body
このインタビューを読むと哲学は独学だったみたいで親近感がわくよ。何を隠そう独学哲学読書を彼の『現代思想の冒険 (ちくま学芸文庫)』ではじめるたので。間口の広い入門書を書いてそこから僕もいろんな本を広げていったんだ、こういう人超大事。

竹田先生は「気の合う友だちをみつけたら、すぐ誘って読書会をやるといい。批評しあうことが大事なんです。批評会をやると、はじめは誰も難しそうなこと、カッコいいことを言おうとする。文法とレトリックの練習になるかも知れないけど、無用な衒学趣味を育てるだけです。大事な心得は、自分がその作品から受けた感じ、その力、おもしろかった、面白くなかった、よかった、よくなかったを、できるだけ相手に伝わる言葉で表現するようにこころがけることです。作品の良し悪しを判定するのが、批評ではない。それぞれの人間が自分の感受性を交換しあうこと、そのことで、自分の感受性の形をはじめて理解できること、それから、またそのことを通して自分の感受性を鍛えることでできるということ。それが批評のテーブルのいちばん大事な点です。」とのことなので、それも愉しそう。

そういや、もうすぐ出るzine『砂漠』のクルーは元読書会メンバーだったんだ。『砂漠』は僕的にはドゥルージアンの文芸誌と形容している、ドゥルーズ読書会からはじまった文化運動だもんで。


それから、課題書を読み合う読書会じゃなくても、別々の本を一緒に黙読する集まりもあってもよくない?

気の知れた仲間と集まっても会話せずにひたすら時間まで読書。沈黙トリップ読書。
よーいスタート、ゴールまで長針が10時間を回るまでの沈黙耐久書。
携帯は切っておくのが望ましい。途中参加は筆談で。お茶珈琲はセルフで。

これは、一度だけやったね。
今まで読むタイミングを持てなかったアルチュセールに挑戦して2冊通読できたのも個人的に大きい体験。
お茶とお菓子とクッションと沈黙のつづく読書あそび。時間までたっぷり読んで、トーク解禁後は、ご飯食べながら感想を言い合う打ち上げ付きの読書パーティ。

実はRLLの新しい名前〈Reading Leaf Lounge〉というのは、この新しい読書会からインスパイアされた。
言の葉を読むラウンジ、と云う名前の読書パーティーグループですRLLは。。。

そうか沈黙の読書パーティーか。いいな。
また開催するときは、告知します。



2012装幀のお仕事

今、装幀のお仕事をけっこう頂いていて、グラフィックデザイナー人生で一番歓びがある。
面白いと思う本を装幀させて頂いている幸せ。
自分を含めた読書する人の歓びを増やしているという幸せ。
非常に知的で新しくて大事なことを日本語界に伝えようとしている本たち。


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本のデザインのお仕事、募集しています。
2012年は7冊もデザイン出来て幸せだった。
関われた本ぜんぶ中身が面白いのもほんと多幸です。
デザインする前にかならずゲラを読ませて頂いてからとりかかります。
本の外と中がズレていたりしないことは、装幀の一番大きな仕事だと思ってます。

そういえば『312の思想』装幀にひかれて本屋で購入したという人と友人になったり。
デザイナー冥利につきますね。
今年もいい本をデザイン続けられたらいいな。



Inbouspectacle Inbouspectacle_ 陰謀のスペクタクル 〈覚醒〉をめぐる映画論的考察
吉本光宏
以文社



312nosisou 312nosisou_ 3・12の思想
矢部史郎
以文社


kaizokunodilemma kaizokunodilemma_ 海賊のジレンマ ユースカルチャーがいかにして資本主義を作ったか
マット・メイソン 著
玉川千絵子、八田真行、鈴木沓子、鳴戸麻子 訳
フィルムアート社



Contrelesdispositifs Contrelesdispositifs_ 反-装置論
『来たるべき蜂起』翻訳委員会+ティクーン 著
以文社




wallstreetwosenkyo wallstreetwosenkyo_ ウォール街を占拠せよ
ライターズ・フォー・ザ・99% 著
芦原省一 訳
大月書店


hanecosihon hanecosihon_ エコ資本主義批判―持続可能社会と体制選択
ショラル・ショルカル 著
森川剛光 訳
月曜社



freudPassion freudPassion_ フロイトの情熱 精神分析運動と芸術
比嘉徹徳 著
以文社



一枚目はアマゾンの書影だからけっこう汚く見えるけれど、実際はもっと微妙な光彩と色相があるです。
書影って難しいですよね。
書店のその本の置かれるジャンルの棚を想像しながらデザインしています。よい目立ち方をするように、類書との差別化もできるように、読者に長く愛される顔を持ってくれるように。



intellipunk 2012 BEST BOOKS

例年やっているRLL BEST BOOKSが遅れたので、個人ベストも10冊選書したのでお茶濁しにお茶受けにお茶らけに。



12kojinBEST

1.ジョルジョ・アガンベン『到来する共同体(叢書・エクリチュールの冒険)』(月曜社)
http://getsuyosha.jp/kikan/isbn9784901477970.html
ナンシー『無為の共同体』ブランショ『明かしえぬ共同体』(そしてリンギス『何も共有していない者たちの共同体』)へと続く共同体論真打ち登場。全編金言なのだが特にここ!→15階級のない社会「惑星的プチ・ブルジョアジーとはたぶん人類が自らの破壊に向かって歩んでいくさいにとる形態であろう」必読。同じこと考えてました! かぼちゃ色の用紙も素敵です。


2.廣瀬純『蜂起とともに愛がはじまる――思想/政治のための32章』(河出書房新社)
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309245744/
連載をまとめたモノで前著『シネキャピタル』ほど一貫してはいないし喰い足りなさを感じるくらいの短さではあるが、映画/哲学/運動の三題噺が続く思想駄洒落形式がいい。「頭痛」と題された長めの巻頭では、知識人の役割と責務を「叛乱の叛乱」と指し示す。固有名詞のマリアージュとそれを強引に婚姻させる笑えるほどアクロバットな数々の発想、心底かくありたい。


3.ジュディス・バトラー『戦争の枠組:生はいつ嘆きうるものであるのか』(筑摩書房)
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480847195/
ポスト構造主義フィミニズム理論家バトラーが911以後の暴力を解き明かす。2章「拷問と写真の倫理」ではグアンタナモからソンタグを引き寄せたように、5章「非暴力の要求」では一方的に向井孝を引き寄せて読む。ヨーロッパの移民の問題などは個人的にバリバールなどのを先に読んでいたお陰で問題は具体的ではあったが、全体に抽象性が高いままの戦争批評は悠長だと感じる。


4.ジャンニ・ヴァッティモ『透明なる社会(イタリア現代思想)』(平凡社)
http://www.heibonsha.co.jp/catalogue/exec/viewer.cgi?page=query&newissue=201210
平凡社がイタリア現代思想シリーズを本気出してきたよ。今のネット批評としても読むことが出来るネット以前のメディア環境論だが、そこはヴァッティモ。ハイデガーを基礎にニーチェ、ベンミン、アドルノといったドイツの哲学者から引きながら弱い思考へ。理想的理性は不可能で割り切れない不透明なコミュニケーションと多元性がポストモダンなのだと語る彼は、欧州議会の政治家。


5.ジャック・ドンズロ『都市が壊れるとき:郊外の危機に対応できるのはどのような政治か』(人文書院)
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b94404.html
フランス国内の2005年の暴動で顕在化した郊外から記述しはじめているが、これはマイク・デイヴィスの名著『要塞都市LA』と『スラムの惑星』の変奏曲と読める。福祉国家からネオリベラルへの移行によりあぶり出された社会問題を都市問題として解析する見事な手さばき。もちろん打ち捨てられた”くず(ラカイユ)”側として脱領土化するために読んだ。


6.竹村和子『彼女は何を視ているのか――映像表象と欲望の深層』(作品社)
http://www.tssplaza.co.jp/sakuhinsha/book/jinbun/tanpin/24180.htm
一昨年惜しくも急逝した、日本に於けるフェミニズム思想の第一人者だった竹村和子氏の遺稿集。映画をジェンダーの無意識が表れている対象として(当たり前だが映画は監督の表れではない)まとめた、映像映画論集。若干の喰い足りなさを感じさせるが、もちろん読みくだすにはそれなりに力がいる。付録に記された氏を看取ったチームKの闘病記は泣かせる。


7.田中東子『メディア文化とジェンダーの政治学――第三波フェミニズムの視点から』(世界思想社)
http://sekaishisosha.co.jp/cgi-bin/search.cgi?mode=display&code=1568
カルチュラルスタディーズの手法で構築主義的ジェンダー観を日本のポピュラー文化から読み解くのは類書がないのでは。それに絶対に標準インストールすべき第三波フェミニズムへ理解し易い! これは女性学をわら人形叩きしない最短距離だ。田中東子せんせい、日本のカルスタを引き受けてる感が男前いや女前っす。


8.赤尾光春、早尾貴紀、ダニエル・ボヤーリン、ジョナサン・ボヤーリン、上野俊哉、ポール・ギルロイ、浜邦彦、合田正人、鵜飼哲、本橋哲也、田崎英明、竹村和子『ディアスポラの力を結集する――ギルロイ・ボヤーリン兄弟・スピヴァク』(松籟社)
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-87984-306-7.html
2009年のシンポジウム「ディアスポラの力を結集する」が本になった! シンポの最前列に仕事さぼっていって興奮したんだよね。そのときのに、スピヴァクとギルロイと竹村和子さんのテクストが追加された。ジャケは最悪だけど、震災ディアスポラたりえる列島民にはその問題意識はリアルでアクチュアル。


9.こだま和文、磯部涼、毛利嘉孝、ハーポプロダクション、Likkle Mai、Rumi、二木信、鈴木孝弥、平井玄、気流舎店主、児玉雄大『Shall We ダンス?――3・11以降の暮らしを考える』(メディア総合研究所)
http://www.mediasoken-publish.net/blog/2012/03/shall_we311.html
個人なのにプロダクション(制作集団)名義のハーポ部長をはじめ、ほぼ知り合いが書いている雑誌的なにか特別な本。大杉栄の「みんなが勝手に踊って行きたいんだ」という巻頭言からはじまり、311からのリアクションとしてはものすごく重要な至言が並ぶ。死ぬまで生きる間は踊っていたいよねってこと。児玉さんりすぺくと!


10.小椋優子、菅谷昭『食で対策!放射能:大切な人を守るレシピと、今できること』(筑摩書房)
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480878571/
312以後に食べることを語ることは野蛮である、とまで言いきりたくなる程にベクれたかもしれない食事が苦痛になっていた。知的であることは拒食の正当な理由になる。だから食と放射能を正面から考えることをしないとダメだというド直球の本で救われたわけだ。生活改善という意味で『脱資本主義宣言』とともに読むべき一冊。



こっから下は、未読ですがとっても良さそうな2012年出版の本をセレクト。たぶんこれから読むよてい。前年に出た本が凄くよかったというのはよくある話。
2012年に読んで一番よかった本は、山内明美『こども東北学(イースト・プレス)で、2011年の本なのでした。
http://www.eastpress.co.jp/panse/rensai.php
誰にでも推薦するわけではないですが、東北という自分の地の記憶を久しぶりに思い起こさせてくれるおいらの魂を揺さぶられた一冊でした。自身のマイナーなセンターから外れた存在からモノを考えることが出自だと、ドゥルーズ「マイナー性」の系譜ではないけど改めて実感したわけです。赤坂憲雄の東北学の先攻研究もあり(個人的にイタリア南部問題と近い構造的なものだとも考えていたし)綴り方運動の実践の後に育った自分ではあったが、まったく山内さんの素敵な語り口にやられてしまったんですね、感涙。




折口信夫(編:安藤礼二)『折口信夫芸能論集』(講談社文芸文庫)

デヴィッド・ハーヴェイ『資本の〈謎〉――世界金融恐慌と21世紀資本主義』(作品社)

市田良彦『革命論 マルチチュードの政治哲学序説』(平凡社新書)

アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『コモンウェルス――〈帝国〉を超える革命論』(NHKブックス)

ポール・ド・マン『盲目と洞察――現代批評の修辞学における試論 (叢書・エクリチュールの冒険)』(月曜社)

ジネット・ランボー、キャロリーヌ・エリアシェフ『天使の食べものを求めて――拒食症へのラカン的アプローチ』(三輪書店)

ジャン・ルイ・シェフェール『映画を見に行く普通の男―映画の夜と戦争(エートル叢書)』(現代思潮新社)

ナンシー・フレイザー、アクセル・ホネット『再配分か承認か?: 政治・哲学論争(叢書・ウニベルシタス)』(法政大学出版局)

ジャンニ・ヴァッティモ、ピエル・アルド・ロヴァッティ『弱い思考(叢書・ウニベルシタス)』(法政大学出版局)

マリオ・ペルニオーラ『無機的なもののセックス・アピール (イタリア現代思想2)』(平凡社)

上村忠男『ヘテロトピア通信』(みすず書房)

赤坂憲雄、小熊英二、山内明美『「辺境」からはじまる ―東京/東北論―』(明石書店)

ロベルト・ボラーニョ『2666』(白水社)



RLL 2012′S BEST BOOKS

毎年恒例、RLLのBEST BOOKS。遅くなりました。∞の原稿ストライキで(骨董ブログには1月中には6本も記事を上げてるのに)発表出来ない状況にありました、深くお詫び申し上げます。

2012best


RLL 2012′S BEST BOOKS

1 『三つの旗のもとに―アナーキズムと反植民地主義的想像力』ベネディクト・アンダーソン(NTT出版)
19世紀後半のスペイン帝国統治下のフィリピンとキューバとアナキズムの三つの旗に集った人々の知られざる交歓の事実を、今までナショナリズムを記してきた『想像の共同体』のベネディクト・アンダーソンが熱く厚く書き記した! そこから見えるのは19世紀末の反植民地闘争反帝国主義のナショナリズムは、実はインターナショナリズムを内包して、当時の最初のグローバリズム状況下に活性化したアナキズムと呼応連結して躍動していたって事実。ダイナマイト発明とアナキスト爆弾闘争の系譜もつまびらかにされ、その流行の中で植民地帝国主義は徐々に崩壊していくさまも詳細に、サラエヴォ事件や安重根まで記述される。そのまま現在の反グローバリズムとエコロジーとグリッサンがつなげて説明されていた高祖岩三郎『新しいアナキズムの系譜学』の記述に重ねて考えられるだろう。双方ともアナキスト地理学者エリゼ・ルクリュも関係しているし、これは間違いなく歴史の二週目に観えてくるよ(?)パリコミューンと植民地とランボー、アナキスト活動家とヴァレリーやマラルメやシニャックやスーラの交流、反植民地主義とビスマルク帝国主義などなどのトピックもパッチワークされて世界を可能性で想像してしまう。たったひとつ残念なのは素敵な原著のジャケットを台無しにしている、保守的なNTT出版のカバーデザイン。これのオリジナル装幀を勝手に作ってしまいたいぜ。


2 『脱資本主義宣言 グローバル経済が蝕む暮らし』鶴見済(新潮社)
 最も深く迷い続けた者だけが最も遠い場所に辿り着く。1993年に発売された「完全自殺マニュアル」からすでに20年。この20年間に鶴見済が記してきた本の一冊一冊のタイトルを思い出し、もう一度、振り返ってみよう。それは、この人が歩いてきた長い長い道のりを振り返るということだ。完全自殺マニュアル(93)ぼくたちの完全自殺マニュアル(94年)、無気力製造工場(94)、人格改造マニュアル(96)、檻の中のダンス(98)、レイヴ力(00)、そして、脱資本主義宣言(12)。一見バラバラなように見えるテーマが並ぶが、常に通底しているのは、巨大な生の不安への怯えと苦しみである。自分自身で悩み、苦しみ、ただなんとかそれを解消しようとして必死に取り組んできた軌跡の一つ一つの区切りとして、一里塚として、これらの本は輝いて後方に並び、連綿と光っている。この人の本は、決して単なる即物的なマニュアルでも、社会学的な批評やエッセイでもない。この著者がひたすら地道に綴ってきた、私小説だ。闘いの歴史だ。鶴見済の本は美しい。圧倒的な力強さを孕んで僕らの心を鷲掴みにする。ここには彼の弱さも、醜さも、彼が感じてきた喜びも、悲しみも、全て描かれている。だからこそ力強く、美しいのだ。おそらく、初期のマニュアル的な本を愛するファンの人々は今回の「脱資本主義宣言」を単なる著者の左傾化として捉え、がっかりしているのではないだろうか? しかし、僕がこの本を読んで思うのは明らかな原点回帰である。確か完全自殺マニュアルの巻頭言には90年代的な現象として「歴史の終焉」と「退屈な日常」がセットで語られていたはずだ。この厭世主義の果ての、気楽な選択肢としての自殺のマニュアル化。これがこの本のテーマだった。それに対して今回の「脱資本主義宣言」において徹底して追及されるのは、退屈な日常の解剖と、その歴史である。震災や右傾化による歴史の回帰を経た現在でも、資本制の中での日常は続いている。そう、資本主義のファンタスマゴリアとしての日常。それがなぜこんなにも清潔なようで醜く、気楽なようで深刻な不安を常に生み出すのか? なぜこれほどまでに普通の日常の生が、呪われているのか? この本を読めばそれが嫌と言うほどわかるだろう。この本は退屈で普通な、自殺したくなるほどくだらない日常の背景に何が潜んでいるのかを暴き出す。鶴見済はまったく変わってなどいない。徹底的に容赦なく、冷徹に、不安の根源を分析し、問い詰めている。この人がこの先どうなっていくのか、僕にはわからない。だからこそ目を離すことができないのだ。


3 『リアリティのダンス』アレハンドロ・ホドロフスキー(文遊社)
大ファンである映画監督の自伝と聞いて、わくわくしながら読み始めたら、まったくといっていいほど映画の話がでてこないじゃないか! 彼にとって映画は単に表現の一手段に過ぎず、本質的に彼の職業は「セラピスト(テラピスト)」だったという衝撃的事実にさらにわくわく。「芸術は癒しのためにある」ってあんな映画撮っておきながらよく言うよ! 同じくノマドを生きるビフォの哲学と接続して読むと面白いかも。 少年時代のトラウマ体験、セラピーとしての演劇、明晰夢の訓練、魔術修行、呪術医や禅僧からの学び、うさんくさいグルのもとでのアシッド体験(驚くべきことにその初体験は『エル・トポ』撮影の後)……バンド・デシネ(bande dessinée)の脚本家としても知られるホドロフスキーの巧みな ストーリーテリングに乗せられ、エピソード酔い確実(ブルトン、カスタネダなどの知識人との笑える邂逅が読みどころ)。後半は彼のオリジナル療法「サイコ・テラピー」の奇抜な処方例が延々と続き目眩がしてくるが、これが「現実のダンス」なのか。ホドロフスキーは同タイトルの映画をすでに完成させており、公開が非常に楽しみ。


4 『CRASS』ジョージ・バーガー(河出書房新社)
CRASSという過剰な意味と言葉が張り付いたこのパンクバンドは、やたらかっこいいジャケットを身に纏ったレコードは手に入るけれども(そして例の日本の家紋に影響を受けたCRASSマークをあしらった黒いTシャツは手に入るのだけれど)、大手音楽メディアを信用せずファンジンのみに門戸を開いたため、当時から日本の音楽誌では詳細な情報は伝えられず、長らく彼らの過剰な意味性を解する者は少なかったはず(例外は遊動社の『クラスストーリー…IN WHICH CRASS VOLUNTARILY BLOW THEIR OWN』!)。待望と云ってもいいはず、この本でようやくその漆黒のヴェールが剥がされるというわけだ。中産階級/労働者階級、ヒッピー/パンクス、メジャー/インディー、音楽活動/政治活動、女性/男性、スキンズ/アナキストという幾つかの対立項を乗り越えたところを目指していた彼らの活動の誠実さにまず敬意を表したくなる。ネオコンネオリベの元祖鉄の女サッチャーと激烈に闘い疲弊した描写はつらいが、これが現在形の闘いだということもこの本を読むことの意味でもあるだろう。野田さんの熱い解説でわかったように、ストーンヘンジ・フェスティバルからうまれピストルズを経由してレイヴカルチャーまで通低する彼らの理想主義の精神は、闇に包まれた過剰な言葉の意味を知らなくとも、アンダーグラウンドのエチカとして僕らには何故か届いていたのだった。



5 『ジャスト・キッズ』パティ・スミス(アップリンク/河出書房新社)
パティ・スミスの青春自叙伝はなんと、2010年度全米図書賞ノンフィクション部門受賞ってことで、これはもう最初から鉄板本! ニューヨークに上京したての何者でもなかったころの初々しいパティが、フォトグラファー未満のセクシーな美青年ロバート・メイプルソープと出会い、愛し合い、高め合い、拗れ別れ、デビューし、彼が死ぬまでの、あの伝説的な物語が本人から語られる。舞台は黄金の70年代ニューヨークなので、ふたりを彩るのはギンスバーグやバロウズやウォーホルやサム・シェパードら、チェルシーホテルの神話的アーティスト達。随所に挿入されるミューズパティを撮ったロバートのスチールにどきどきしたり、「マリファナはふざけるために吸うのではなく詩を書くために吸うものだ」パティ・スミスってエピソードにグッときたり。RLLも、かの有名なメイプルソープ撮影の「ホーセズ」ジャケットをTシャツ化しているので、この本と一方的に関係しているよね!?


6 『フォークナー、ミシシッピ』エドゥアール・グリッサン(INSCRIPT)
人文読みの皆さんにとっての2012年は、比較文学ならポール・ド・マンの一択だろうというメジャーな意見をよそに、RLLは黒人趣味のあいかわらずな選択でグリッサン一択にさせていただきます。これはグリッサン唯一の作家論であり、プランテーションとクレオール文化、奴隷制と黒人の苦しみといった、アンティーユ諸島とルイジアナの比較文学ともいえる。しかしながら彼は何を書いても、全体-世界論である〈関係〉の詩学であり、既成の評論でも詩でも小説でも哲学でもあるジャンルレスの「試論」なのだ。だから、いくらウィリアム・フォークナーの核心に迫っても研究書や文学論の枠などなく、ほどなくいつものグリッサンの詩学であるとわかりこちらも身も心も委ねてしまう。黒人奴隷の子孫の詩聖は、没落してゆく南部の愛国者で人種差別主義者の大酒飲みを、文学によって礼賛する。訳した中村隆之せんせいの「カリブ‐世界論」も必読!!!!



7 『〈借金人間〉製造工場  “負債”の政治経済学』 マウリツィオ・ラッツァラート(作品社)
新自由主義という政治的経済的欺瞞を弾劾する作品社の勢いが止まらない!『資本の〈謎〉 世界金融恐慌と21世紀資本主義』デヴィッド・ハーヴェイ、『なぜ、1%が金持ちで、99%が貧乏になるのか?《グローバル金融》批判入門』 ピーター・ストーカー、『なぜ私たちは、喜んで“資本主義の奴隷”になるのか? 新自由主義社会における欲望と隷属』フレデリック・ロルドン。この社会科学の流れの中で、最もフランス現代思想に近しいこの本をセレクト。借金人間〈ホモデビトル〉ってのも負債もニーチェやドゥルーズで、金融危機後の世界経済を考えるって倒錯ぽっくて僕ら的。



8 『日本巫女史』中山太郎(国書刊行会)
初版1930年、柳田國男の弟子である在野の研究者が書いた異形の本がこの時代に復活。やたら分厚く存在感のある佇まい(そしてカバーを取るとシブいサイケ調!)。冒頭小言における死んだ妹への想い「私の学問のために死んでくれた妹のために本書を完成し、そして霊前へ手向きてやろう」が本と同じくやたらに重く、なかなか頁が進んでいないことを白状してしまおう。自らの民俗学を「歴史的民俗学」と呼んでいるだけに、資料の掘り方も半端無く、目次を眺めているだけでその壮大さにクラクラしてくる。そんな意識状態で読むのがいいのかも。師匠の柳田や研究仲間の折口と違って、文章が平易で読みやすく、すっとはいってきてありがたい。


9 『原発幻魔大戦』いましろたかし(エンターブレイン)
P90にインテリパンクが描かれている!という誤解で、いましろ先生と知己を得たという思い出も嬉しい! しかし秀逸なのはフィクション/ノンフィクションの垣根を超えたところで、きな臭いこの時代の空気をしっかり伝えられているという点だ。311後の生活者のリアルな生き様、同僚とは日常に戻ったフリをしながらもひとりになればウェブの陰謀論スレスレの情報に振り回されつつ治世への怒りをもたげながら、ただ今日も金曜官邸前か繁華街のデモを歩くしかない僕らを代弁するなんてコミックは他にない。日本列島で放射能と政府に恐れおののいたすべての人に読んで欲しい、危機感がほとばしる。




10 『災害と妖怪――柳田国男と歩く日本の天変地異』畑中章宏 (亜紀書房)
柳田國男没後50年に出たタイトルにフックがある良書。柳田國男の『遠野物語』『妖怪談義』『山の人生』などを基に、日本各地に残る妖怪の足跡を追いながら、ほそぼそと残る「災害伝承」の関係を明らかにしていく。専門書のような難解さがないので、「民俗学」への知覚の扉をひらかせてくれる入門書として最適。紹介されている文献も、柳田がまだ「非常民」の方に向いていた初期のものが多く、非常にそそられる。本書が災害時に自発的な助け合いの輪が広がることを論じたレベッカ・ソルニット『災害ユートピア』と同じ出版社というのもミソ。江戸の民衆は災害にカタルシスを感じ、それを再生の契機としての「世直し」観念と結びつけていた、という宮田登流の「災害ユートピア」をミックスすると、アナキズムの友愛的側面と破壊(と創造)的側面を感じとることができる。グレーバー以降、民俗学や人類学をアナキズムと重ねて読む癖がどうも抜けない。



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