運動部15周年

chainarogo

運動部宣言

我々は、カール・マルクスなんて知らない。しかし、我々は確固たるマルクス主義者である。<運動>するイマージュ、つまりは映画の中のマルクス達を我々は愛する。なぜならば、彼らの笑いこそが真のシュルレアリズムであり、アナーキズムであるからだ。グルーチョ・マルクスは、そのインクで書かれた口髭において運動部員である。ハーポ・マルクスは、その無邪気さにおいて運動部員である。チコ・マルクスは、そのペテン師ぶりにおいて運動部員である。ゼッポ・マルクスは、その地味さにおいて運動部員である。ガンモ・マルクスは、その不在性において運動部員である。

我々は、マイナーであることを恐れない。我々の<運動>は、社会を支配するメジャーな価値観から逃れ、自己の欲望を生き抜くための、流れの総体である。マイノリティであること、すなわち、都市の遊牧民であることは、時として、自分の身体を粒子の流れの<運動>の中に投げ込むことであり、散乱する粒子の流れそのものとして生きることである。我々は、街を徘徊する分裂症者に深く嫉妬する。

我々は、既成概念を破壊する以外は何も破壊しない。<武装>する代わりに<部装>し、<闘争>する代わりに<逃走>するだろう。我々は何の<正義>も掲げない。なぜなら、自らの正義が他者の正義と衝突したときに起こるのが戦争であり、<正義>は容易に平和を破壊するからである。それよりも我々は平和に戯れよう。<〜主義>を捨てて、<〜趣味>を持つこと。仏語<jeu>(戯れ)とは、<運>を<動>かすことであり、世界を<ゆらめく>ことである。さあ、ゆらゆらと革命ごっこを開始せよ!

2000年5月1日、メーデー



この宣言が高らかに謳われてから15年になろうとしている。
今はネットアーカイブにひっそりとただよっている伝説的サイト「UNDO部」のことを少しだけ記そう。謎めいた駄洒落サイト「運動部」は、もう若いネットネイティブには知れてはいないだろうが、当時は一部に熱狂的な読者を持った個人ページであった。

2000年当初は個人が無料でサイトを作れるサービスが始まっているも、チャット&掲示板文化以降〜SNS以前というIT民主化黎明期であり、ウィキペディアや青空文庫のようなアーカイブ系サービスは、まだまだ未熟で物足りない。掲示板で同好の士を見つける匿名のまどろっこしい時代、ネット空間は好き者だけが悠々と泳ぐもっとも濃いひとときであった。そんなタイミングで、知る人ぞ知るというターム、例えば「シチュアシオニスト」「カルチャー・ジャミング」「リー・ペリー」「コントル・アタック」「ホドロフスキー」「中国女」をぐぐると、最高にテンションの高いアジテーション(与太)を飛ばしている「UNDO部」ここがひっかかってきた。僕は「ここヤベェ、でもディープすぎて共有出来ないから自分ひとりでこっそり楽しみたい」みたいな欲が出たのは後にも先にも「UNDO部」と野中モモさんの「bewitched!」ぐらいだった。

とりあえず運動部のオリエンテーションで並ぶ部活の駄洒落を眺めたら、ダブ顔研究(惜しくも画像が落ちている)や運動会仁義なき占いフィッシュマンズの小宇宙を観よう!そして140字では表しきれない長文も濃密だった『メキシコの夢—アルトー、ホドロフスキー、レイジ、そして・・・・』「 グルーチョ・マルクス主義に関するテーゼ 日本語訳(ver.1.01)」「運動部認定映画」。 思想書のサンプリングセンスやベンヤミンとバタイユの脳内mixの思想模写、そしてこの企画力と実行力! その後の制作者のテンションを見るにこの頃がもっとも仕事していたときだったのかも、とも思ってしまう。

のちに僕は、この尊敬する戯作者の部長とは、2005年にMixi上で再度遭遇し邂逅することとなる。彼はMixiでひじょうに面白い日記をかきまくりそれに飽き、一緒におもしろTシャツをRLLとして発表するも飽き、スペクテイター誌上で連載するも飽きて休載し、幾多の雑誌立ち上げ頓挫し、単行本企画が編集者に通るも頓挫を繰り返し、引越を繰り返し瞑想し迷走し、未だ路の途中である。

ハーポ部長 カンバーーーーーーーーック!!!!!!


  • Intellipunk
  • Tag:
  • By intellipunk / Apr 21, 2015 12:43 pm

Search
Follow us
CJharpo Movie


  • 2010.2.27 反新宿署!高円寺路上大パーティざまあみろデモ 【予告編】


  • 覚せい剤撲滅プロパガンダ 東映編


  • 2006/9/16 家賃をタダにしろ!中野→高円寺一揆!予告編


  • 家賃廃止要求デモ!

Favorite
LOADING...