マジック・リアリズム

これでおあいこ

退院してはや一週間。寝っ転がって薬物を血管に流し続ける阿片窟のような安堵な世界から、一転して毎年自殺者3万人以上のサバイバルな世界に戻ってきた。

平行感覚がおかしいので真っ直ぐ歩けず、外出してみるもまるで砂漠の砂に足を捕られてかろうじて歩いているかのような始末。顔を冷やすと回復が遅れるというので、口元に大きなマスクをした上にアラビア風のマフラーを巻き付け、気分はまるで白銀の砂漠を遊牧するベドウィンのよう。マグリブにも革命が拡大しているようで気分的にも鬱鬱しい日本人でいるよりずっといい感じ。

自転車には当分乗れそうにない。自転車をラクダのように乗る男、そんなことを言われたことがあった。心地よい速度が馬ではないのだ。

いつものところでハッと足を止める。新作うp! もうすでに雪で消えかかっている。
kotonookori

おっしゃるとおり。(夢)遊病者のボクが自分で夜中に書いているんじゃないかと思うほど。単純じゃないんでここでは書かないけど。

今回のことのおこりは、確かに不運だったが、今までそうとう運が良かったので、これでおあいこなのではないか、という解釈が閃いたのは友人にこんな本を差し入れしてもらったからだ。
allen

僕の意見では、運はとても大きな役割ー恐ろしいほどの役割を人生で担っている。僕らが認めるよりもね。人は自分が人生をコントロールしているとか、人生をコントロールするための努力はいいことだと思いたがっている。だから精神分析みたいなものは、人生をコントロールする手助けになる限りにおいて、素晴らしいものだと思われている。でも結局のところ、運こそが人生の大きな部分を支配しているんだ。ーウッディ・アレン
woody

実のところ、人間が個人として避けることなく直面しなければならない重要な(そして解決不可能な)実存という問題に対するアレンの執着は、チャップリンに匹敵しうるものだ。このエッセーにおいて特に強調したいのは、多くの人は気づいていないが、記憶に残るアレン作品の多くは、「マジック・リアリズム」の様式(及び内容)を文学から映画へとユニークな形で持ち込んでいるということだ。この「マジック・リアリズム」とは、ある文学辞典によれば、「現実的なフィクションにファンタスティックで神話的な要素を、感情を交えずに組み込むこと」である。
リチャード・シッケル『ウッディ・アレン 映画の中の人生』


直面しなければならない重要な問題に真っ向から取り組む好機を貰えて、自分の運の良さを実感している。突然やってくる顔面麻痺ってまるでマジック・リアリズム。ボクとアレンの間に共通点が見いだされるとしたら、それはきっと運を信仰していることだろう。言葉との偶然の出会いを遊んだりね。



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