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Respect

RLL48 GuyDebord

RLL48 GuyDebord 山形国際ドキュメンタリー映画祭2009公認!特集「Against Cinema--Guy Debord Retrospective」Tシャツ。「アンテルナシオナル・シチュアシオニスト」を組織し、スペクタクル化する世界を批判したギー・ドゥボール、ついにスキャンダラスなスペクタクル化! カメラを構えた映像作家ドゥボールの姿、その上に彼の映画『分離の批判』から「Un des plus grands anti-films de tous les temps!(史上空前の反-映画!)」というフレーズを転用。まるでドゥボールによって除名されたプロシチュ達からの贈りモノのような反-反スペクタクル商品。限定30着を、山形国際ドキュメンタリー映画祭で販売。 II スペクタクルとしての商品 35「スペクタクルの本質的運動は、人間のなかの流動的な状態で存在していたすべてのものを自らのうちに取り込み、それらを凝固した状態で、すなわち、生きた価値を否定的に様式美することによって価値を独占的に体現するモノとして、所有することにある。この運動のなかに、われわれの旧来の敵の姿が認められる。その敵とは、見た目には、何か取るに足らぬあたりまえの事物のように見えるが、実は、逆に非常に複雑で、数多くの微妙な形而上学的問題を含むもの、すなわち商品である。」 VIII 文化における否定と消費 193「完全に商品と化した文化は、スペクタクル社会の花形商品となる運命にある。この傾向の最も進んだイデオローグの一人であるクラーク・カーは、知識の生産・分配・消費の複雑なプロセスが、既にアメリカ合衆国の年間国民生産の二九パーセントを占めていると計算した。そして彼は、今世紀の後半には文化が経済発展の主導的役割----それは、今世紀前半に自動車が、そして前世紀の後半に鉄道が果たしていた役割だった----を担うに違いないと予見している。」 ギー・ドゥボール『スペクタクルの社会』 ボディのカラーはワインレッド。そして銀色に輝くドゥボールの御真影。

RLL47 Nantoka Festival 2009

RLL47 Nantoka Festival 2009 D.I.Y.&ANARCHY  不況だテロだ戦争だミサイルだ自由も民主も無い政党だか知らねーが、ますますクソになっていく退屈な世界の中で麻痺していく不感症の感性やら知性がバキバキにおっ勃つか、ドロドロに濡れるかするためには思想地図なんかより思想膣がどこにあるか手探りし、草の根分けて肉襞掻き分け古びてしなびたシシ肉わななき揺れる天井大伽藍大歓喜天に習合し、日の本が一つどころに寄るようだ、嗚呼、朕はもう、崩御崩御と、大撃沈、昇る天に因果は巡り、さあ、今宵、全裸で天国を強姦する準備は整った!!やるしかない!!全国に散らばった魑魅魍魎有象無象の落ち零れ、つむじ曲がりの穀潰しかき集めて、「てめーらの祭はてめーらでやる」って選挙で叫んだ、あの、公約をここにに実現せん!!と、公安警察要チェック間違いなしのとんでもない長野作戦の全貌が、今、明らかに!!  てめーらの祭りはてめーらでやるって、集まってたくらんで、盛り上がる!!さあ、もう、やるしかない!全部作り上げるんだ!Burning Nantoka!! なんとかフェス2009公式Tシャツは、なんとかフェス会場で自分でスプレーにステンシルを作る世界でたった一つの、あなただけのDIYTシャツ。 inc/sold_out.php"); ?>

RLL45 肋骨レコード

RLL45 肋骨レコード NO MUSIC NO LIFE!なんて脳天気にいえない時代もあったことは忘れてはいけない。この日本では、戦事中「敵性音楽」としてジャズなどの外国の音楽が禁止された。そして今でも一部のイスラム圏では、隠れて西洋音楽を聴かなければいけない。もし好きな音楽を聴くと、即逮捕投獄されちまうとしたら、きみはそれでも聴き続けられるだろうか? 1950年代スターリン支配下のソ連では、西側の音楽が禁止されていた。しかし第二次世界大戦に参戦した若い兵士たちは、戦場だったヨーロッパでスウィングジャズやディキシーランドジャズ、タンゴやシャンソンと出会っていた。一度音楽に魅了された若者たちは戦後、当局が認めた労働歌や民謡やクラシックだけで我慢できるはずもなかった。その厳しい思想統制の下で、スターリンの演説を作る為に開発されたカッティングマシーンを使って、西側のジャズやロックンロールや流行歌を密輸入しコピーレコードを作る人々が現れた。頭がい骨や肋骨が写り込んだ使用済みのレントゲンフィルムに溝を彫って丸く切り抜いたソノシートの海賊版は「肋骨レコード」と呼ばれた。そしてアンダーグラウンドにプレスリーやサッチモ、グレンミラーやベサ・メ・ムーチョなどの禁止された音楽が刻み込まれたレコードは何百万枚も流通していった。56年のフルシチョフによるスターリン批判によって統制が緩くなるまで、ハードコアなミュージックフリーク達は、したたかに密やかに音楽を楽しんだ。シベリア送りになっても、街角でコートの下にレコードを隠しながら音楽を売ることを止めないハスラーがいた。危険を冒してまでも手に入れてダンスパーティ楽しんだ、音の歓びを止めない若者たちがいた。 音楽を聴くのに命がけなんてありえないってやつは、このTシャツを着るのはやめてくれ。そう、この「肋骨レコード」Tシャツは、音楽に命がけだった先人をレコードするために作られた。音楽を聴く自由に感謝し、音楽を愛する人に着てほしいTシャツです!リスペクト!

RLL42 FREE iLLCOMMONZ!

RLL42 FREE iLLCOMMONZ! ※限定商品です。 ☆のびのびイルコモンズデモの呼びかけ 2008年7月12日(土) 14:00〜 報告会(阿佐ヶ谷ロフトAにて) 16:30〜 高円寺中央公園集合 17:00〜 高円寺一周デモスタート  なんだなんだ!大変だ大変だ!そこでマヌケ顔してウロウロしているキミ!ちょっと聞いてくれ!    北海道では、G8だかなんだかよくわからないが、金もうけ連中の悪だくみ会議が行われていたんだが、それに文句をつけるサウンドデモが、7月5日に札幌で巻き起こったところ、逮捕者が出てしまった!  しかも!しかもしかも!!やいやいコノヤロー!  捕まったのは、あろうことか!素人の乱界隈にもよく遊びに来てたり、大喜びでとんでもない映像を持ってきたり、満面の笑みでドラムを叩きまくってたり、ナントカアカデミーだったりする、キミも知っているあの男だ!なに!これはすごい!!!ついにやった!!    その男の名はイルコモンズ。まあ、知らない人もいるかと思う。「デモで捕まるなんてどんな凶暴な野人か!」って思ってるキミ。これがまた驚くことに、何にもしていないのだ。あの男に関しては単に車の上に乗ってDJをやっただけ!他にも車を運転していただけの人も捕まったし、もう一人のDJも捕まったし...。  ちょっと!何もしてないんだからさっさと全員解き放て!  やいやい!こうなったらデモだデモだ!捕まえる気も一瞬で消えうせるマヌケデモを見せてやる!  そしてさらに!デモ前には、北海道での報告会もやってしまう!うーん、これはもう行くしかない!! 主催:のびのびイルコモンズ戦線 FREE iLLCOMMONZ! おい!コラ!さっさと出せ!!  今年はG8などという悪だくみ会議が北の方で行われた。金持ち連中のボスたちが集まって、ひたすら自分らの金もうけに都合のいいような世の中にするための悪だくみをするという、不届き千万な集まりだ。まあ、当然のように、反対する奴らも続出した。7月5日には札幌市内で巨大なデモが巻き起こり、DJを載せたサウンドカーなんかも登場し、札幌中に人があふれだした。  ところが!いつも大喜びでとんでもない映像を持ってきたり、満面の笑顔でドラムを叩きまくる、我らの強い味方=イルコモンズ氏がこのデモ中に突如捕まった!イルコモンズ氏はただ単に、DJをやろうとトラックの荷台に乗りこんで、音楽を鳴らした直後にとっ捕まった。何もしてない!  よくよく聞いてみたら「道交法違反」「札幌市公安条例違反」だって!「群衆に違法なデモを煽った」とかなんとか...。は?意味がわからん!違法でもないし煽ってもないでしょ。勘弁してよ、まったく!!!!   さらには、イルコモンズの前にDJをやっていた人も、DJをやってたというだけで同じ罪名で捕まり、その後は車を運転していた人までが警察の言う通りに運転しなかったとか何とかで「公務執行妨害」で捕まった。おまけに、混乱に巻き込まれたロイター通信の記者までがドサクサまぎれに「公務執行妨害」で捕まった。なんだなんだ!?いくらなんでもこれは横暴でしょ。これはちょっとひどくないか?  やい、警察!何にも悪いことしてないんだから、さっさと全員を解き放て!今すぐ解き放て! イルコモンズ一味 RLLのチャリティーTシャツ! 売り上げは弁護士費用などのカンパに当てられます! 7月16日に3人は11日間の拘束から解放されましたので 在庫は、素人の乱シランプリにて7月いっぱい販売でおしまい。 ナチュラルとミントグリーンの2色から選んでのびのび着用しよう! inc/sold_out.php"); ?>

RLL40 Patti Smith & Susan Sontag

RLL40 Patti Smith & Susan Sontag 記念すべき40作目はパティ・スミスとスーザン・ソンタグ! 作家、批評家、劇作家でアクティビスト、アメリカの知性として有名なリベラル知識人スーザン・ソンタグと、前衛詩人あがりのNYPUNKの女神、メープルソープが溺愛しカート・コバーンも崇拝した伝説的ミュージシャンのパティ・スミス。実は二人は長年親交が深く、お互いをリスペクトしあった仲でした。彼女たちは共に才能と美貌を合わせ持つ知的な不良のニューヨーカー、強烈でセクシーで真っ直ぐな魅力、女性には稀有なインテリパンクな存在感、途方もない情熱的表現、ラディカルな意思のスタイル。 私たちは、代えがたい個性を持つ二人を、知ることができて、読み、聴き、姿見て、魅惑されて、なんて幸せなんだろう。日本にもこんな女性が増えたらいいな! スーザン・ソンタグ から パティ・スミス へ その後のことはわかるでしょう、これまでに歌われたこと、歌われなかった事柄のなかから、大切な友人であるあなたはそう言った。それは樺の木のことや、ジャン・ジュネが他界したパリの小さなホテルのこと、肘や脇の下、あまりにも多くの煙草、長いポールに吊り下げられたウイッグや階下の見知らぬ住人、不愉快な電話のこと...。そして泥濘に消えた一筋の光、細長い旋回と振動、叫びと高く聳え立つもの。それら異なる歌が同時に鳴り響き、声はすべて不協和音。その日はまだすばらしかった。愛らしく落ち着きのない子供たちや人々、みんな音楽の上昇気流に乗り、意気揚々と体を揺さぶっていた。退屈など無く、落胆も存在しない。女たちはもっと生意気で、もっとセクシーだった。なぜなら、そこにはあなたがいたから。音楽はいたる所へ広がっていく。口の中や脇の下や内股にさえ。音楽、それは高く高く飛び立っていくひとつの方法。私は唾液と平手打ち、それから皺だらけの汚れた新聞のことを憶えている。あなたは去り、そうして再び戻った。歯を見せて笑ったあなたの顔。その笑顔は未だに魅力に溢れている。夜を取り戻し、人生を取り戻す。そして歌い、しゃがみ込み、ジャンプし、叫ぶのだ。敗者たちのために! (パティ・スミスのベストアルバム「Land(1975-2002)」に寄せたライナーノーツ) パティ・スミス から スーザン・ソンタグ へ スーザン・ソンタグは今朝、穏やかに息を引き取りました。 彼女の癌との戦いは苛烈でした。私たちの精神的戦士は彼女の3番目の戦いで勇敢に倒れ果てたのです。 そして今、宇宙は待っています。 美しい旅を、スーザン。 粉々になって行くのです。 あなたの新しい道が多くの問いの破片で散らかりますように。 あなたの答えが、星々を震える震撼させますように。 さらば。 (2004年にソンタグが亡くなった際にパティが自分のHPにのせた弔辞) ボディーはミックスグレー。どちらか1枚3000円、2枚セットなら5000円! 売れっ子イラストレータKENTA UEOKA(http://www.kenta69.com/)氏の筆によるポートレートがクール!

RLL38 Antonio Negri

RLL38 Antonio Negri 来日しなかった記念1周年でとうとうリリース!! 以下は来日出来なかったネグリ祭@藝大で、準備しながら発表しなかった幻のライナーノーツ。 ------------------- RLLが発表する、2007年の来日記念「ポール・ギルロイ」Tシャツに続く、哲学者来日記念「アントニオ・ネグリ」Tシャツ! "Get Up Stand Up" 昨年ギルロイからもらったサインにこんなベタなことが書いてあった。ネグリの来日予定日が近付き、気付くとRLLも大ネタ『Burnin'』ジャケの現代思想ジャミングに手を染めていた。来日イベント「ネグリさんとデングリ対話@東京芸大・上野<マルチチュード響宴>」でTシャツ発表しネグリにプレゼント。自称中央線マルチチュードって自己紹介する予定でさ。 もちろん中央のボブ位置にはネグリ、いい笑顔で和む。そこから左に『〈帝国〉』『マルチチュード』の相棒マイケル・ハート。右には「生権力」を見 いだしたスキンヘッドのミシェル・フーコー。真上には、ネグリがフランス亡命時代に世話になった二人、『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』のジル・ ドゥルーズと相方フェリックス・ガタリ。これは『自由の新たなる空間』でガタリ&ネグリのコンビに連なってくるコモンな著述の系譜だ。そして残りのひとつ、フーコーの上にいるもう一人のスキンヘッズが誰だがわかる方は、相当現代思想に興味ある方かもしれない。実は『Burnin'』においても、ここはマニアック枠で、キーボード担当のアール・ワイア・リンドなのだ、地味~。彼はポスト・ネグリ世代の政治哲学者マウリツィオ・ラッツァラート、昨年『出来事のポリティクス』で日本デビューしてG8対抗サミットで来日もしていた。ちょっと強引に、ネグリの想起する「マルチチュード」を用意した〈共〉の思想星座がグラフィックでネグリ祭を盛り上げる! しかしネグリ歓待のアゲアゲ感を権力が嗅ぎつけちゃったのかもしれない、来日2日前に政府官僚に入国拒否されちゃった。ちょうどTシャツが工場から出来上がった日だった、怒りと同時に笑いすら出て来た。「マルチチュード」は国境を越える、少なくともボクらのTシャツのプリントの上では。 そういや『太陽を盗んだ男』のジュリーは、原爆造りに成功して"Get Up Stand Up"で歓喜のダンスを踊ってたっけ。そのジュリーのストーンズ来日要求よろしくRLLも以下の要求を声明する。相手は菅原文太でも法務省でもなくてね。 ーネグリ来日公演を実現せよ!ー 要求がやっと決まったよ。〈帝国〉さん。 ネグリ再来日講演、一週間以内に発表、三週間以内に〈共〉を実施すること。 以上 がんばれ、ニッポン! 黒ボディにシルバープリント。サイズはXS S M L XL。マルチチュードは〈共〉を生成する!

RLL37 Kerouac"on the road"

RLL37 Kerouac"on the road" ケルアック著『オン・ザ・ロード』出版50周年記念Tシャツ! ジャック・ケルアック(Jack Kerouac) 著『オン・ザ・ロード』が今年2007年に刊行50周年になった。11月には池澤夏樹セレクトの世界文学全集の一巻目として『オン・ザ・ロード』が発刊された。そして年末、記念事が好きなRLLは当然のごとく便乗して、ここに『オン・ザ・ロード』記念Tシャツを発表した。 1957年9月に出版された小説『on the road(路上)』とその前年出版されたアレン・ギンズバーグの詩集『Howl(吠える)』によってビート・ジェネレーションがムーブメントとなってから 50年、彼等は20世紀の後半を完全に塗り染めた。その文化は、カウンター・カルチャーの直接の元祖。その価値観はスクエアではないユース・カルチャー、音楽や映画や文学や革命やパンクやドラッグやお洒落やその他なんでもいいが、全てに浸透していて、実は僕らはその影響下に生きている。 戦後反ファッショから反共へと都合よく方向転換し、終いには朝鮮戦争を引き起こした「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」に幻滅した自分達を、ケルアックは「ビート・ジェネレーション」と名付けた。彼等は真実にチューンインするため路上へターンオンし、バカバカしいアメリカ体制からドロップアウトすることにした。当局からはマッカーシズム(アメリカの治安維持法)の追及を受け、世間からはソ連のスプートニク同様の反米の象徴として「ビートニク」と嘲笑されたが、第二次世界大戦を陰鬱にやり過ごし戦後体制と冷戦に失望した若者たちからは、熱狂的に受け入れられ、それが後のヒッピーへと続いた。経済的に恵まれない人々(貧農、ルンペン、浮浪者)や社会的弱者(有色人種、性的少数者)や思春期の若者や不良やボヘミアンやジャンキーやアーチストを代弁した。Tシャツで放浪し、自由と恋愛を魂に従い、創造を尊び詩的に生きる、そんなビートのスタイルで世界は変わった。それは最も豊かな時代のアメリカ(50 年代、世界人口6%のアメリカでは世界物資の半分を消費していた!)から飛び出した、最も反アメリカ的な態度だった。 ビート・ジェネレーションの最高傑作といわれる『オン・ザ・ロード』は、落ち着きなくひたすら北米大陸を4往復する中での旅情と乱痴気騒ぎと恋愛とお喋りと音楽の話。120フィートの巻き物状のロール紙にノンストップでタイプし、一気に7年間の旅を3週間で仕上げたという伝説を持つ、過剰なスピード感で疾駆するケルアックの自伝的小説。その後ケルアックは酒に溺れ迷走し1969年に47歳で死ぬ、大ブレイクはアメリカンドリームを見限ったビートには辛すぎたのだった。しかし、ジョニー・デップもソニックユースもヴェンダースも森山大道もコッポラもジョー・ストラマーも心酔した『オン・ザ・ロード』は永遠にクールだ。この先もケルアックはユースカルチャーの中で普遍的に輝き続けるだろう。 青山南新訳の『オン・ザ・ロード』(河出書房新社)のブックカバーと同じアクアブルーのボディ。「ON THE ROAD 50TH ANNIVERSARY」のコピーのバックにはケルアック直筆の第一部のルートマップ付き!

RLL36 PUNKY REGGAE PARTY

RLL36 PUNKY REGGAE PARTY Yeah, it's the punky reggae party♪ And it's tonight♪ Punky reggae party♪ And it's alright♪ Oh ah! 高円寺一揆大勝利&ドン・レッツ来日記念Tシャツ緊急発売!!!!!!!!!!!!!!!!! ブラック・パンサー・パーティからパンキー・レゲエ・パーティへ! 「かくめい」は、党(party)ではなく、連夜の宴会/祭(party)によってのみ実現される!!!!!!!!!!!!!!!!! 2007年4月21日、高円寺一揆衆がオーガナイズした一週間にわたるパーティーのラストデイ。アップライジング(一揆)サウンドシステムからバビロン解放戦線ラジオ・マルーンの異議申し立て(日本流トースティング)がノーザン高円寺駅に向けられて放たれた。ディスコソング『セプテンバー』でハッピーに一揆衆の腰を揺らした後、不意打ち気味にザ・クラッシュ『私は法律と闘った』がスピンされる。ダイブするインテリパンク。直後にボブ・マーリー『立ち上がれ!』が応答! しかも名盤『生!』からの選曲! 拳をゆるく突き上げるスーダラスタな部長。街の秩序の崩壊を楽しむ∞+∞=∞…ボクらRLLは確かにそこにいた。「パンキー・レゲエ・パーティ2007高円寺」バビロンは燃えている! 記念すべき第1回「パンキー・レゲエ・パーティ」は1977年ロンドンで開催された。ボブ・マーリーは、前年の暗殺未遂でジャマイカから亡命するような気持ちでロンドンに移住。はじめボブは、当時ロンドンで起こっている「パンク」にあまりいい印象を持っていなかった。そんな彼にその一大ムーブメントをたっぷりレクチャーしたのが、今や映像作家として有名なドン・レッツ青年だった。 当時ライブハウス〈クラブ・ロキシー〉でレゲエをかけパンクスを踊らせていたドン・レッツは、共に「社会に対する怒り」を持つ「UKパンク」と「レゲエ」を繋げて連夜の宴会を盛り上げていたのだった。そのバイブスを受けてボブは、シングル『Jamming』のB面として『punky reggae party』を発表し、UKのパンクスたちに呼応した。これは音楽史上最も美しいエピソードだと言っても過言ではないだろう。 Wailers still be there♪ The Jam, The Dammed, The Clash♪ (ウェイラーズがそこにいる、ダムドもジャムもクラッシュも) Wailers still be there♪ Dr. Feelgood too, ooh♪ (ウェイラーズがそこにいる、ドクター・フィールグッドも) しかし、この曲を聴いて憤慨した者がいた。レゲエ狂で知られるセックス・ピストルズのジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)だ。仲間外れにされたことにすね、バンドを突然解散。パパラッチから逃れるためにジャマイカはキングストンにセンチメンタル・ジャーニー。この地であの伝説の第2回「パンキー・レゲエ・パーティ1978」が秘かに開催された。 憧れのビッグ・ユースと対面して小躍りするジョン。その動きに応えてドレッドをかき乱しながら、ニヤっと自慢の金歯を見せるユース。交歓のダンス! それは異文化の身体同士が繰り広げる密なコミュニケーション世界。そんな貴重な瞬間を今回はバビロンチックにも商品化。他の出演者は、ロンドンから写真家デニス・モリス、ジャーナリストのヴィヴィアン・ゴールド、タニマチの社長リチャード・ブランソン、ジャマイカからは、U-ロイ&I-ロイの友愛コンビとそのフレンズ。総合演出は、やはりあのドン・レッツだ。 「パンキー・レゲエ・パーティ」のオーガナイザー、ドン・レッツは言う。「異なる文化が接近し、理解しあうときほど素晴らしい瞬間はない。ロンドンでパンクがレゲエに惹かれたように、俺達もニューヨークでヒップホップに夢中になった。異なるところに住む者どうしを近づけ理解しあう手助けをしてくれるのが文化なんだ。それは教会にも政治にも政府にもできない。カルチャーだけが、その役割を果たせるんだよ! それこそが俺達がやっていることの最も重要な機能だ」 若いドン・レッツは、当時大流行したファンクやソウルを通じてブラック・パワーに目覚めた。ブラック・パンサー党の政治思想に影響された時期もあったが、やがてますます過激になっていくマッチョな黒人至上主義にシンパシーを寄せられなくなっていた。そんなとき、当時のガールフレンドと経営していた「アクメ(性的絶頂!)アトラクションズ」という古着やヴィンテージ品を扱うショップで、異なるコミュニティに属する面白い連中たちに出会い、ヘヴィ・ダブが流れる店内で連夜の宴会を繰り広げていた。店に来た客どうしがまた出会い、そこはアイデアと情動を交換する場所のようなショップのような、わけのわからない空間になっていった。答えはこの頃にすでに出ていた。まるで高円寺一揆衆(aka 素人の乱)を見るようじゃないか! 余談。ジョン・ライドンは、ジャマイカから帰ると、ベースのジャー・ウォブル、ギターのキース・レヴィン、ドラムのジム・ウオーカーと共にパブリック・イメージ・リミテッド(PIL)を結成する。ドンのアクメ時代のガールフレンド、ジャネット・リーもメンバーだ。RLLのロゴがPILのロゴにそっくりだって!? 気のせい、気のせい。 ボディの色はイエロー。お約束のラスタ・カラー仕立て。

RLL35 高円寺一揆

RLL35 高円寺一揆 ※限定商品ですので、現在は取り扱っていません。 激レア!!!!!!!!!!!! 期間限定(2006/4/15~4/21)緊急発売!!!!!!!!!!! 素人の乱×貧豹党?×IRA×RLL奇跡のコラボレーションTシャツ!!!!!!!!!!!!!! 貧乏人特別価格1,500円!!!!!!!!!!!!!! 非貧乏人特別価格5,000円!!!!!!!!! はじめてのD.I.Y!貧乏人かそうじゃないかは自分で決めろ!!!!!!!!!!!!! 金を出し惜しみしない金持ちは力強い味方だ!!!!!!!!!!!!!! ●著名人から高円寺一揆衆に寄せられたコメント 「恥を知れ、文化がわからぬ金持ち連中どもよ! 10年後にこのTシャツを持っていた者こそが真の歴史の証言者だ。」 マイケル・ムーア 「私は、このTシャツに無限の可能性を感じます。あちらが人々をお互いから引き離し、孤立させようとするなら、私たちはその逆をいきましょう。つながるのです。各々の地域社会にオルタナティブな行動の拠りどころが必要です。他人との連帯の中で、自分自身の価値観を身につけ、自衛の手段を学び、自分の生活の主導権を取り戻し、そして周囲の人々にも差し出すのです。」 ノーム・チョムスキー 「諸君の目的は知らぬが、諸君の戦術には賛同する。革命は参加してこそ愉しい。やっちまえ!」 天国からジェリー・ルービン 「貧乏人万歳!彼らは、階級秩序や従属を押しつける無数のメカニズムにもかかわらず、常に途方もない生の力と創造的な生産力を表現し続けている。貧乏人は金持ち連中の秩序の犠牲者であるという認識をもつことが必要なのはいうまでもないが、それよりも重要なのは、貧乏人は単なる犠牲者であるばかりか、強力な行為体でもあるということだ。あなたたちの闘いは絶対勝てる! Tシャツは2枚買って、マイケル・ハートに送っておくよ。私たちと高円寺一揆衆と、そして世界中の有象無象の衆は、このTシャツを通して〈共〉になる。」 アントニオ・ネグリ 「素人の乱の存在が私の唯一の希望だ。素人精神とは、文字通りの意味をいえば、利益とか利害に、もしくは狭量な専門的観点にしばられることなく、憂慮とか愛着によって動機づけられる活動のことである。今私が一番旅したいところは、高円寺だ。」 エドワード・サイードの残された日記より ●商品解説 人間性の危機である。会社に行けば、金持ち連中にコキ使われて、自分で稼ぎ出した給料を暴力的にピンハネされる。そんな人を馬鹿にしたような労働を拒否するならば、社会からはゴミのように扱われる。休日、街を歩けば、大企業にボッタくられ、家でテレビを観てたら広告屋に時間をボッタくられ、何もしなければ「価値のない人間」として頭にインターネットケーブルを突き刺され、あっちの世界に常時接続。「生きさせろ!」(by雨宮処凛)という難民化した若者の声があちらこちらから聞えてくる。人間はここまで追い詰められている。 Ya Basta! もううんざりだ! ついにあの連中が立ち上がった!伝説の「オレの自転車を返せデモ」「三人デモ」「家賃をタダにしろデモ」を起こし、街を大パニックに落としいれ、活動家からは「日本のデモの歴史を変えた」と評価され、芸術家からは「デモを完全にアートに作り変えた」と評価された、あの高円寺ニート組合が! いや、違う。今回は高円寺一揆衆らしい。もはや組合の団交では解決できないまでの事態になっているのだ。これは大変な騒ぎだ! RLLもこの騒ぎに便乗、いや、協力することを決意。各ジャンルの政治的/非政治的ラジカルに声をかけ、コラボレーションTシャツを製作。大変な緊急事態に「猫の手」じゃ足りず、恐れ多くも「黒豹の手(ブラック・パンサー・スタイル)」を借りてしまった!正式な許可が降りるまでは、貧豹党(プア・パンサー・パーティ)ということで誤魔化しておこう。 一揆という物騒な言葉に引いてしまう人もいると思うが、本来この言葉は、政権転覆を図る反乱、暴動などとははっきりと区別されるべき語である。一揆が反乱的、暴動的直接行動に踏み切ることもあるが、それ自体が一揆なのではなく、これを行使する共同体そのものが一揆なのである。その意味でブラック・パンサー党も一揆なのだ。 日本ではブラック・パンサー党の好戦的なイメージしか伝わっていないように思えるが、実は彼らが最も力を入れていたものは、地道なコミュニティ運動だった。彼らは、無料の診察、無料の衣服、無料の教育、無料の護身術クラス、子供たちへの無料の朝食配給、などなどコミュニティのための多くの企画を考案し実践した。ブラック・パンサーの正式名称が「Black Panther Party for self-Defense」であるとおり、あくどい権力から身を守るための自治を重視した。 ブラック・パンサー党は、10年刑で服役中のLSD唱道者ティモシー・リアリーを脱獄させ、施設に匿ったことにより、ホワイト・パンサーやイッピーズのような白人の対抗文化系左派と連帯を深めていった。高円寺一揆衆も彼らに見習い、非貧乏人からの連帯、協力を歓迎するのはどうだろう。RLLのコラボTシャツはそんな連帯の証になる。 貧乏人の豊かさに憧れ、高円寺一揆衆に共感を覚えるが、金持ちという後ろめたさのために悩んでいる方のために、高円寺一揆Tシャツを非貧乏人特別価格5,000円でサービス提供! 安い!貧乏人の方は、申し訳ないが1,500円搾取させていただく。しかし、売り上げは、高円寺一揆パーティ(党ではなくて宴会)費として貧乏人に還元する。 最後に。 Tシャツ販売アクションは、2006年4月15日~21日の杉並区議選の運動とは一切関係ないことを明記しておく。これは人間性を、そして文化を、自治を回復するための、選挙なんかよりもずっと重要なパーティ=運動なのだ。 グレーとピンクのデザイン違い2種類。親切に値段も2種類。選択の自由を最大限に。グレーはIRAの成田氏デザイン協力、ピンクは黒豹党イメージ協力。 inc/sold_out.php"); ?>

RLL34 赤P-remix

RLL34 赤P-remix 足立正生監督35年ぶりの新作『幽閉者(テロリスト)』公開記念『赤軍-PFLP・世界戦争宣言 remix by 赤瀬川原平』Tシャツ。 「プロパガンダの最高の形態は武装闘争である。武装闘争は武器という、抑圧された人民の言葉そのものである」 (『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』) この過ぎ去った革命のヴィンテージスタイルのアジテーションは、決して過去の遺物としての破損から来る吃り(ドモリ)ではないのだ。三島由紀夫が『金閣寺』で描いたように、それはかって存在した言葉と世界の関係の不具だ。しかし、三島が吃りを「世界と自己」という「外界と内面」を繋ぐ鍵の腐敗と捉え、この遅れ揺らいだ不確定な残響を「鮮度の落ちた現実」「半ば腐臭を放つ現実」としか捉えることができなかった限界を、僕らは超えていく。 なぜならば「吃る」という複製行為は、音楽の「DUB」にあたるからだ。DUBは、キング・タビーらによって発見され進化したリミックスの元祖。ひとつの曲を解体再構築して別の曲を作り上げるという手法において、それまでの音楽概念を革命的に覆した。ベンヤミンが『複製技術時代の芸術作品』において唱えたアウラの減少と消滅をあざ笑うかのように、意図的なズレを伴った反響と反復こそがオリジナルな差異へと行き着く。「吃り=DUB」で現実は引き裂かれ、かき混ぜられ、削り取られ、世界の鍵を鍵独自の世界へと変わっていく、まさに革命的反革命的行為の革命なのだ。 平岡正明が「左翼記録映画や運動一般の映画ではなく、革命の御用映画だ!」と絶賛した映画『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』(通称-赤P)。その『赤P』映画ポスターの作者である赤瀬川原平が71年公開当時、リー"スクラッチ"ペリーのように「吃り」で『赤赤赤赤赤軍-PPPPFLP赤赤』とセルフ・リミックスしたものだ。今では赤瀬川と言えば「老人力」や「ライカ同盟」でちょっと変わったおじいさんに見えるが、70年代までは過激な前衛芸術家だった。彼が起こしたアクションでは、有名なニセ札裁判やアサヒジャーナル回収事件がある。後者は、赤瀬川がアサヒジャーナルで連載していた櫻画報に「アカイ アカイ アサヒアサヒ」「朝日は赤くなければ朝日じゃない」と書いたところ、櫻画報の包装紙に過ぎないアサヒジャーナルがそれに怒って包装紙の分際で回収してしまった事件。ちなみにニセ札裁判でもニセ札で作られた包装紙が問題となっていることを記しておこう。 今回、足立正生35年ぶりの新作映画を記念して、RLLは今回貴重な「赤P」ドモ/リミックスをBootlegで再発し、包装紙としてTシャツを準備しました。このコットンの包装紙を使ってレアな赤瀬川作品を保護してほしい。もちろん、アナタの身体も権力から保護します。路上で行うパフォーマンスアート等にもぜひこの包装Tシャツを!! 尚、この包装紙もその筋に恫喝される恐れがありますのでご使用の際は十分ご注意ください(既にRLL∞はプチナショに絡まれました)。 ボディの色は白(PPFLPPP)とパープル(赤赤赤赤軍)。remix2作!

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