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RLL45 肋骨レコード

RLL45 肋骨レコード NO MUSIC NO LIFE!なんて脳天気にいえない時代もあったことは忘れてはいけない。この日本では、戦事中「敵性音楽」としてジャズなどの外国の音楽が禁止された。そして今でも一部のイスラム圏では、隠れて西洋音楽を聴かなければいけない。もし好きな音楽を聴くと、即逮捕投獄されちまうとしたら、きみはそれでも聴き続けられるだろうか? 1950年代スターリン支配下のソ連では、西側の音楽が禁止されていた。しかし第二次世界大戦に参戦した若い兵士たちは、戦場だったヨーロッパでスウィングジャズやディキシーランドジャズ、タンゴやシャンソンと出会っていた。一度音楽に魅了された若者たちは戦後、当局が認めた労働歌や民謡やクラシックだけで我慢できるはずもなかった。その厳しい思想統制の下で、スターリンの演説を作る為に開発されたカッティングマシーンを使って、西側のジャズやロックンロールや流行歌を密輸入しコピーレコードを作る人々が現れた。頭がい骨や肋骨が写り込んだ使用済みのレントゲンフィルムに溝を彫って丸く切り抜いたソノシートの海賊版は「肋骨レコード」と呼ばれた。そしてアンダーグラウンドにプレスリーやサッチモ、グレンミラーやベサ・メ・ムーチョなどの禁止された音楽が刻み込まれたレコードは何百万枚も流通していった。56年のフルシチョフによるスターリン批判によって統制が緩くなるまで、ハードコアなミュージックフリーク達は、したたかに密やかに音楽を楽しんだ。シベリア送りになっても、街角でコートの下にレコードを隠しながら音楽を売ることを止めないハスラーがいた。危険を冒してまでも手に入れてダンスパーティ楽しんだ、音の歓びを止めない若者たちがいた。 音楽を聴くのに命がけなんてありえないってやつは、このTシャツを着るのはやめてくれ。そう、この「肋骨レコード」Tシャツは、音楽に命がけだった先人をレコードするために作られた。音楽を聴く自由に感謝し、音楽を愛する人に着てほしいTシャツです!リスペクト!

RLL40 Patti Smith & Susan Sontag

RLL40 Patti Smith & Susan Sontag 記念すべき40作目はパティ・スミスとスーザン・ソンタグ! 作家、批評家、劇作家でアクティビスト、アメリカの知性として有名なリベラル知識人スーザン・ソンタグと、前衛詩人あがりのNYPUNKの女神、メープルソープが溺愛しカート・コバーンも崇拝した伝説的ミュージシャンのパティ・スミス。実は二人は長年親交が深く、お互いをリスペクトしあった仲でした。彼女たちは共に才能と美貌を合わせ持つ知的な不良のニューヨーカー、強烈でセクシーで真っ直ぐな魅力、女性には稀有なインテリパンクな存在感、途方もない情熱的表現、ラディカルな意思のスタイル。 私たちは、代えがたい個性を持つ二人を、知ることができて、読み、聴き、姿見て、魅惑されて、なんて幸せなんだろう。日本にもこんな女性が増えたらいいな! スーザン・ソンタグ から パティ・スミス へ その後のことはわかるでしょう、これまでに歌われたこと、歌われなかった事柄のなかから、大切な友人であるあなたはそう言った。それは樺の木のことや、ジャン・ジュネが他界したパリの小さなホテルのこと、肘や脇の下、あまりにも多くの煙草、長いポールに吊り下げられたウイッグや階下の見知らぬ住人、不愉快な電話のこと...。そして泥濘に消えた一筋の光、細長い旋回と振動、叫びと高く聳え立つもの。それら異なる歌が同時に鳴り響き、声はすべて不協和音。その日はまだすばらしかった。愛らしく落ち着きのない子供たちや人々、みんな音楽の上昇気流に乗り、意気揚々と体を揺さぶっていた。退屈など無く、落胆も存在しない。女たちはもっと生意気で、もっとセクシーだった。なぜなら、そこにはあなたがいたから。音楽はいたる所へ広がっていく。口の中や脇の下や内股にさえ。音楽、それは高く高く飛び立っていくひとつの方法。私は唾液と平手打ち、それから皺だらけの汚れた新聞のことを憶えている。あなたは去り、そうして再び戻った。歯を見せて笑ったあなたの顔。その笑顔は未だに魅力に溢れている。夜を取り戻し、人生を取り戻す。そして歌い、しゃがみ込み、ジャンプし、叫ぶのだ。敗者たちのために! (パティ・スミスのベストアルバム「Land(1975-2002)」に寄せたライナーノーツ) パティ・スミス から スーザン・ソンタグ へ スーザン・ソンタグは今朝、穏やかに息を引き取りました。 彼女の癌との戦いは苛烈でした。私たちの精神的戦士は彼女の3番目の戦いで勇敢に倒れ果てたのです。 そして今、宇宙は待っています。 美しい旅を、スーザン。 粉々になって行くのです。 あなたの新しい道が多くの問いの破片で散らかりますように。 あなたの答えが、星々を震える震撼させますように。 さらば。 (2004年にソンタグが亡くなった際にパティが自分のHPにのせた弔辞) ボディーはミックスグレー。どちらか1枚3000円、2枚セットなら5000円! 売れっ子イラストレータKENTA UEOKA(http://www.kenta69.com/)氏の筆によるポートレートがクール!

RLL36 PUNKY REGGAE PARTY

RLL36 PUNKY REGGAE PARTY Yeah, it's the punky reggae party♪ And it's tonight♪ Punky reggae party♪ And it's alright♪ Oh ah! 高円寺一揆大勝利&ドン・レッツ来日記念Tシャツ緊急発売!!!!!!!!!!!!!!!!! ブラック・パンサー・パーティからパンキー・レゲエ・パーティへ! 「かくめい」は、党(party)ではなく、連夜の宴会/祭(party)によってのみ実現される!!!!!!!!!!!!!!!!! 2007年4月21日、高円寺一揆衆がオーガナイズした一週間にわたるパーティーのラストデイ。アップライジング(一揆)サウンドシステムからバビロン解放戦線ラジオ・マルーンの異議申し立て(日本流トースティング)がノーザン高円寺駅に向けられて放たれた。ディスコソング『セプテンバー』でハッピーに一揆衆の腰を揺らした後、不意打ち気味にザ・クラッシュ『私は法律と闘った』がスピンされる。ダイブするインテリパンク。直後にボブ・マーリー『立ち上がれ!』が応答! しかも名盤『生!』からの選曲! 拳をゆるく突き上げるスーダラスタな部長。街の秩序の崩壊を楽しむ∞+∞=∞…ボクらRLLは確かにそこにいた。「パンキー・レゲエ・パーティ2007高円寺」バビロンは燃えている! 記念すべき第1回「パンキー・レゲエ・パーティ」は1977年ロンドンで開催された。ボブ・マーリーは、前年の暗殺未遂でジャマイカから亡命するような気持ちでロンドンに移住。はじめボブは、当時ロンドンで起こっている「パンク」にあまりいい印象を持っていなかった。そんな彼にその一大ムーブメントをたっぷりレクチャーしたのが、今や映像作家として有名なドン・レッツ青年だった。 当時ライブハウス〈クラブ・ロキシー〉でレゲエをかけパンクスを踊らせていたドン・レッツは、共に「社会に対する怒り」を持つ「UKパンク」と「レゲエ」を繋げて連夜の宴会を盛り上げていたのだった。そのバイブスを受けてボブは、シングル『Jamming』のB面として『punky reggae party』を発表し、UKのパンクスたちに呼応した。これは音楽史上最も美しいエピソードだと言っても過言ではないだろう。 Wailers still be there♪ The Jam, The Dammed, The Clash♪ (ウェイラーズがそこにいる、ダムドもジャムもクラッシュも) Wailers still be there♪ Dr. Feelgood too, ooh♪ (ウェイラーズがそこにいる、ドクター・フィールグッドも) しかし、この曲を聴いて憤慨した者がいた。レゲエ狂で知られるセックス・ピストルズのジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)だ。仲間外れにされたことにすね、バンドを突然解散。パパラッチから逃れるためにジャマイカはキングストンにセンチメンタル・ジャーニー。この地であの伝説の第2回「パンキー・レゲエ・パーティ1978」が秘かに開催された。 憧れのビッグ・ユースと対面して小躍りするジョン。その動きに応えてドレッドをかき乱しながら、ニヤっと自慢の金歯を見せるユース。交歓のダンス! それは異文化の身体同士が繰り広げる密なコミュニケーション世界。そんな貴重な瞬間を今回はバビロンチックにも商品化。他の出演者は、ロンドンから写真家デニス・モリス、ジャーナリストのヴィヴィアン・ゴールド、タニマチの社長リチャード・ブランソン、ジャマイカからは、U-ロイ&I-ロイの友愛コンビとそのフレンズ。総合演出は、やはりあのドン・レッツだ。 「パンキー・レゲエ・パーティ」のオーガナイザー、ドン・レッツは言う。「異なる文化が接近し、理解しあうときほど素晴らしい瞬間はない。ロンドンでパンクがレゲエに惹かれたように、俺達もニューヨークでヒップホップに夢中になった。異なるところに住む者どうしを近づけ理解しあう手助けをしてくれるのが文化なんだ。それは教会にも政治にも政府にもできない。カルチャーだけが、その役割を果たせるんだよ! それこそが俺達がやっていることの最も重要な機能だ」 若いドン・レッツは、当時大流行したファンクやソウルを通じてブラック・パワーに目覚めた。ブラック・パンサー党の政治思想に影響された時期もあったが、やがてますます過激になっていくマッチョな黒人至上主義にシンパシーを寄せられなくなっていた。そんなとき、当時のガールフレンドと経営していた「アクメ(性的絶頂!)アトラクションズ」という古着やヴィンテージ品を扱うショップで、異なるコミュニティに属する面白い連中たちに出会い、ヘヴィ・ダブが流れる店内で連夜の宴会を繰り広げていた。店に来た客どうしがまた出会い、そこはアイデアと情動を交換する場所のようなショップのような、わけのわからない空間になっていった。答えはこの頃にすでに出ていた。まるで高円寺一揆衆(aka 素人の乱)を見るようじゃないか! 余談。ジョン・ライドンは、ジャマイカから帰ると、ベースのジャー・ウォブル、ギターのキース・レヴィン、ドラムのジム・ウオーカーと共にパブリック・イメージ・リミテッド(PIL)を結成する。ドンのアクメ時代のガールフレンド、ジャネット・リーもメンバーだ。RLLのロゴがPILのロゴにそっくりだって!? 気のせい、気のせい。 ボディの色はイエロー。お約束のラスタ・カラー仕立て。

RLL25 ANDRE BRETON &THE SURREALISTS

RLL25 ANDRE BRETON &THE SURREALISTS ついにバンドTシャツシーンに参入! ライブハウス「キャバレー・ヴォルテール(Cabaret Voltaire)」で活動していたトリスタン・ツァラ率いる叛藝術パンク・バンド「DADA」を脱退したアンドレ・ブルトンが結成したアート・パンク・バンド「ザ・シュールレアリスツ」は、1924年にep『溶ける魚(Poisson Soluble)』と1stアルバム『超現実主義第一宣言(Manifestes Du Surrealisme)』で衝撃のデビューをした。バンド名「超現実主義」はアポリネールが命名。オートマティスム・スタイルのシュールな歌詞や、フロイト「"夢"分析」の斬新なカバーなどで、シーンに新たなムーブメントを引き起こした。以後、28年には名盤『ナジャ』を、29年には『第二宣言』を発表し不動の地位を確立する。 サイケのフロイトとガレージのトロツキーに影響を受けたブルトンは、独自の世界でシーンの「法王(プロデューサー)」として活躍。彼等の鳴らしたサウンドは、夢/狂気/無意識の世界を探求し、あらゆる拘束から解放するパンクな試みだった。しかし個性的なメンバー同士の確執が絶えず、名プレイヤーのエルンストやダリ等の脱退が続きムーブメントは収束した。このTシャツの写真は第一期、マルキーヌ(B)マッソン(D)、ブルトン(Vo)、モリーズ(Ky)、ヌヴー(G)時代の物の限定復刻。 ボディの色はライムグリーン。Surréalisme is Not Dead!!!

RLL19 Angela Davis

RLL19 Angela Davis アンジェラ・デイヴィスは自分がポップ・アイコンになるのをきっと嫌がるだろうなあ。でも、彼女の存在は、われわれにとってあまりにレヴォ・フェティッシュ過ぎる。もう我慢できない。フリー・アンジェラ! 彼女は、女性・黒人・共産主義者という三大抑圧者の解放を求めたアメリカのアクティビスト。ソルボンヌに留学(ハーバート・マルクーゼに師事)してアルジェリア解放デモに参加したアメリカ人。美貌とカリスマと知性を持ち(26歳でUCLAの助教授!)アフロを流行らせた才女。キングやマルコムXを失った後の黒人運動の新しいシンボル。そしてブラックパンサーに協力し殺人教唆罪に問われ、ニクソン"ファシスト"大統領に名指しされ、FBI長官エドガー"レイシスト"クーパーに最重要犯人(女性史上4人目)に仕立て上げられた無実の被告。70年当時、世界中から彼女の自由を求める連帯運動が興ったのだった。 時代はニュー・ソウル華やかりし頃、魂の自由を求めた彼女に名コンピレーションシリーズのジャケット・スタイルをデトーナメント! 背中にはバイオグラフィー付き! 是非、お洒落なインディペンデント・ガールに着て欲しい★ ボディの色はライトピンクとトロピカルピンク。プリントはキラキラなラメ入りです! inc/sold_out.php"); ?>

RLL06 tribe

RLL06 tribe ストリートからの日常生活批判の実験。『アーバン・トライバル・スタディーズ』(月曜社)から「トライブ」概念を抽出。 社会学者/批評家の上野俊哉は著書で「都市の部族(Urban Tribes)」という概念を提起している。 このことがもっともはっきりするのは、ポップカルチャーやロックの周辺である〔中略〕さまざまなメタリックなアクセサリーを着たヘヴィメタル、T シャツに安全ピンのパンク、ドレッドヘアーに、独特の三色の色使いで飾ったラスタ(レゲエ)、ツートーンでキメたかつてのスカ、プレスリーやハーレーに憧れるロックンロール、DCやカラス服で飾ったニューウェイブ… …といった具合に、それぞれのポップジャンルはそれに固有のスタイルやスーツの“かたち”、“定式”をもっている。〔中略〕特定のスタイルは、つねに一定の生活習慣や考え方、信条、生き方、身ぶりにもしっかりと結ばれている。つまり、ポップ/ロックとスタイルのつながりは現代社会において〔中略〕逆説的にある種の「部族」を成立させている。(『シチュアシオン-ポップの政治学』) もう一つ引用。 ある種の若者文化、サブカルチャー、都市の文化のなかに様々なかたちで存在する趣味やスタイル、身ぶりはそれぞれの小さな集団性、共同性を形成し、互いに影響しあったり、また文化的に、時には物理的に争ったりしている。このような感覚の共同性と、場合によってはある種の敵対関係(antagonism)によって成り立つ集団を、ちょうどアルカイックな社会において儀礼や信仰を共有する集団のカテゴリーになぞらえて、「部族」という言葉で呼ぼうということである。(『アーバン・トライバル・スタディーズ』) やんちゃな都市のトライブと、オールドスクールなトライブが向かい合ってメンチを切る。お互いのスタイルをじっくり観察し合う。お互いに共通の要素と魅力的な異質な要素を見いだすと、そこからトライブ間の豊かな異文化交流が始まる。面白いことの多くは、異質なものの交じり合いとぶつかり合いの中で生まれてくるものだ。 まずはこのTシャツを着用し、コンクリート・ジャングルへ繰り出そう。そして、いろいろなジャンルのトライブと接触し、交流しよう。きっと何かが生まれるに違いない。それは、緊張感のある軋轢か、喜びに満ちた創造か。 ボディの色は白。都会の埃と煙と排気ガスで変色するまで着倒そう。

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