ア太郎、おそ松クン、バカボンのパパ、うなぎ犬の深さを思い知れ!四谷シモンに”同棲生活”を迫られた赤塚不二夫。27年の空白。

平岡正明の『戦後事件ファイル』第一章、敗戦満州崩壊は、赤塚不二夫のために掲げられた章だ。赤塚はは昭和10年9月14日熱河省承徳に生まれた。父親藤七は関東軍憲兵で、後にソ連国境地帯の八路軍相手の警察官となり、敗戦時には奉天消防署鉄西署署長をしていたが、ソ連軍に逮捕されシベリアに抑留された。消防署署長になったのは現地の人々をいじめてばかりいる憲兵に嫌気がさしたからだ。

 敗戦後女で一つで内地から引き上げる苦労と悲惨は計り知れないものがあった。平岡のテクストには「赤塚自身は引き上げ経験の地獄絵図を直接には書いていない」と記しているし、実際に写真1にあるように、生まれてからマンガ家になるまでの27年間は空白だ。しかし、平岡のテクストが書かれた76年以降、赤塚は積極的に「地獄」について語りだしている。身近なものでは新宿にある、水木しげるの絵の広告でおなじみの「平和祈念展示資料館-戦争体験の労苦を語り継ぐ広場-http://www.heiwa.go.jp/tenji/index.html」に、赤塚の絵が寄贈されている。(他にも、千葉てつや等々)その絵とは・・・



>(日本に)到着して30分後、栄養失調になっていた綾子(赤塚家一番下の妹)が死んだのです。母は、激しく泣きながら、乳児のミルクまでとりあげた税関のやり方をののしっていたのを、覚えています。


 というシーンだ。さらに、母の実家の大和の3年間においては、満州から帰ってきたというだけで、酷い差別を受ける。


ワンコーリアフェスティバルの本人インタビューより
http://hana.wwonekorea.com/history/hist/10th94/newManga/man_int-akatukaFujio.html

>オレは満州から引きあげてきて、奈良の大和郡山に3年間住んでいたんだけど、あのあたりってヨソ者を徹底的に排除する風潮があったんだ。隣がエタ村で、差別意識が定着してたのかもしれないな。オレも差別されたよ。配給の列に並んでて、オレの順番になると「満州、ダメ」とか言って本当にくれないんだから。いい大人が子供に対してだよ。今でも忘れられないよ。


 また、赤塚は太平洋戦争当時の軍国主義的イデオロギーに対して同インタビューでこう語っている。


>オレは10歳のときに終戦を迎えたんだけど、それまで特攻隊になろうと決めてたし、本気で天皇のために死んでもいいって思ってたよ。軍事教育ってやつだよね。

 
 

 まるで初期大江健三郎の主人公『遅れてきた青年』のようだ。だからこそ、この体験がマンガの中において空白であったとしても、平岡が指摘したように「赤塚不二夫のマンガを(日本人の占領、引き上げ体験の)ドキュメントとして読め!」ということが可能なのだ。クズ野菜で育ち、孤児だったア太郎や、狂犬トロツキー、山本四十六といった特異なキャラクター達がアナーキーに暴れまわるのは、悲惨と残酷の空白の上だ。しかし、決してこの物語を悲劇として読んではいけないのだ。なぜならフロイトが言ったように、「喜劇の反対は悲劇ではなく、現実なのだ」から。




PS 柄谷行人は『終焉を巡って』で村上春樹の初期羊三部作において明らかに、巧妙に全共闘的な象徴がさりげなく触れられつつも他のたわいない話題と併置され、無視されるように語られることを指摘している。それは全共闘的なものだけではなく、あの三島由紀夫の自決についても同じだ。羊三部作は明らかに60年代を描く80年代小説であり、その喪失感を際立たせるために中心が空白になっている。(それは高橋源一郎の不条理でPOPなドタバタ小説『さようならギャング達』にも言えることだ)

 



また、下記ブログには赤塚不二夫とダダ、シュールレアリズム、イタリア未来派を架橋する、非常に面白く興味深い考察がある。

赤塚不二夫ふたたび
http://livinity.jugem.jp/?eid=90

>”人間好き”の赤塚氏の酒を介した人脈の壮麗さ、、ざっと軽く挙げても筒井康隆、吉行淳之介、野坂昭如、井上ひさし、田中小実昌、小松左京、そして横尾忠則、件の浅葉克己、黒田征太郎、篠山紀信、唐十郎、四谷シモン、つまりは戦後日本文化史におけるきら星たち揃い踏みといった感があり、ことに唐十郎が「おそ松くん」の原作を用意していたなんていう話(かわりに赤塚不二夫が”状況劇場”の出資者-パトロンであったとは!)、四谷シモンに”同棲生活”を迫られたなんて話には唸らされる。

かりに唐十郎、四谷シモンの名だけを取り出してみても、そこにはすぐに澁澤龍彦、瀧口修造、マックス・エルンスト、ハンス・ベルメール、と芋蔓式に名が連なるのであり、さらに横尾忠則の名を加えれば、60年代新宿アングラカルチャーの内訳としてのダダ・シュルレアルとポップの混淆の精髄を赤塚マンガが体現していたと考えたところで少しも無理がない。おそ松くんの背後に唐十郎なのだから。

ダダ・シュルレアリスムの要諦とはすなわちオートマティスム(理性の支配を受けない”無意識”-野性の自動記述)とディペイズマン(思わぬ出会いによる異化相乗作用)の詩学であるといえる。それにメタモルフォーゼ(変身/変容)の美学。そして未来派の「スピード/ダイナミズム」。そうきけば、それをそのまま赤塚ギャグマンガの特徴であるといっても差し支えないではないか。



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