さよならの向う側

平岡正明さんのお葬式が終わった。弔辞を読んだのは梁石日さん、田中優子さん、山下洋輔さん。それぞれの言葉に愛と魂がこもってて目頭が熱くなる。山下洋輔トリオのジャズが狂おしく流れる(CDです、念のため)。

しかし、いまだに平岡さんが死んじゃったという強い実感がない。平岡さんの生声のアジテーション(講演)を18時間浴びたボクの脳は妙な発達を遂げていて、平岡本をめくるといつもあの色気のある声が聴こえてくる、気がするのだ。

現在の書き手で純粋にファンと言いきれる人はなかなかいないが、平岡さんに対してはファンという言葉しか思いつかない。その証拠に7冊もの本にサインを貰っているミーハーぶりなわけだが、なんでそんなにサインを貰う必要があったのか、今となっては疑問に思う。やはりファン心理だったとしか言いようがない。

ファン心理も行き過ぎるとタイヘンだ。寄席をでっちあげ、席亭になりすまし、平岡正明さんを芸人として招聘。これは妄想ではない。当時高等教育機関で公開講座の企画運営の仕事をしており、平岡さんのことをを「カルチュラル・スタディースの元祖」(金玉主義の平岡さんとカルスタって相性悪いでしょ)などと学術的にもっともなことを言って上層部に企画を通し、実現した。

平岡さんの射程はカルスタなんてそんな狭いものじゃないけど、「汚い世界の問題をアカデミズムという清潔な空間に持ち込む」(スチュアート・ホール)という意味ではカルスタだった。ちんこまんこうんこきんたまかくめいまりふぁな・・・・普段、教室で聴けないリアルな言葉がたくさん聴けた。一ファンとして贅沢過ぎる時間だった。「嗜好は現実化する」とはよくいったものだ。

DJ寄席.jpg

その様子は『平岡正明のDJ寄席』という本に収められている。5週にも及ぶ連続講義を聴講したマルボロ内親王はこんな感想を書いてくれた。カルスタというよりベンヤミン? 長いが引用する。


平岡さんの話はパッケージされていない、というかされえない。これは本質の問題です。運営者の方は、「寄席」の公式の責任者でもあり、またパブリシティー上の都合もあるからトピックやタイムテーブルを設定し、それなりの方向付けを試みていたみたいですが、そういったパッケージ的な期待という点では、ほぼ裏切られていたんのではないでしょうか?いや、それでいいのです。

 平岡さんの語りを形容する言葉なりイメージなりを自分なりに探しましたが、とりあえずいま思いつくのはひとつ、安直だけれど、星座。「宝石箱を撒き散らしたような夜空」なんて表現がありますが、これは同時に平岡さんを形容する表現でもあります。まき散らされた星々は、それ自体はもちろん星座ではありません。星座なんてのはその時々の感傷が空に投影されたものであり、他にどのようなものでもありえますし、同じ星の組み合わせでも名前はどうにでもつけられる。つまりそういうことなんです。

 平岡さんの二つの源泉、記憶力と妄想力。それらはもちろん絡み合ってはいますが、さしあたり記憶力が宝石をまき散らし、妄想力がその時々の感興に乗って星座を描き出す、と言ってみます。そしてそれらはシャワーです。星空は、理科の資料集みたいに星座の輪郭だけで構成されているのではなく、まずはシャワーとして、撒き散らされた宝石の錯乱として全身に降り掛かって五感を震撼させ、その震撼からおずおずと星座が浮かび上がってくる。とはいえ平岡正明の星座はおずおずなんてしていないのですけど。

原初には火だか水だかわからないがとにかく混沌があり、そこから光と闇が分かれ大地と空が分かれ昼と夜が分かれ、つまり星空の領分が生まれます。とすると平岡正明は、さしずめ毎回混沌から始める、毎度生まれ直す宇宙と言ったところでしょうか。その度にぼくらは宇宙の生誕を目撃しまた散らばった宝石の錯乱からそのつどの星座の浮かび上がるのをみる。イメージばかりで書いていますが、しかし平岡正明の照準先を考えるならば、これらのイメージは幾らか正当なのです。というのも平岡さんは、まぎれもなく原初に宇宙を産出したであろうあの混沌からエネルギーを得、そしてまた星座を通してまさにその地点をこそ名指そうとしているからです。

 さしあたりは大地だ。それが平岡さんを黒人的なものへと結びつけます。とりわけジャズ。ジャズにうとい僕は平岡さんがジャズの名において浮かび上がらせる一くさりの星座をちゃんと把握できはしませんが、しかしその星座がなにを希求しているのかはわかる。つまり原初の混沌。それは過去へと回帰してきえてなくなることを願っているのではけっしてありません。つまりジャズの名のもとに浮かび上がるひとつの星座の配置が、そのままあの混沌を直接に指し示す形象となっている。いやはや、それはあまりに直接なので、その配置そのものを混沌と呼んでしまうそんな粗忽者がいたっておかしくはないのです。

しかもひとつの星座はけっしてまとまりをもった完成体ではありません。平岡正明の星座はクラインのつぼのように、その線をなぞっているうちにいつの間にやら別の星座の中に入り込んでいます。たとえば下町は深川遊郭の世界。第1回のオープニングはジャズ揺籃の地ニューオリンズに襲来したハリケーンカトリーナをめぐるブルースから、海抜0メートルという位相空間を通って直接深川へと僕らを導いていったのでした。ここにはすでに二つにして同時に一つである奇妙な星座が浮かび上がっているのですが、驚くべきことにこのアマルガム的星座は単にジャズにおいて見られた星座よりも、その輪郭をもってさらにいっそう紛れもなくあの混沌を直接に指し示しています。いったいどんな魔法が?

 もちろんこれは始まりにすぎなかった。たとえばそれら水辺は、ビリー・ホリデイの”I cover the water front”から横浜のウォータフロントへもつながり、その先には山口百恵の菩薩姿が屹立する。そのわきでは座興のように水戸街道、甲州街道、中山道、東海道といった主要街道に遊郭を構えさせる徳川幕府の狡智なんかがほの見えたり、黄河と揚子江の中間に居を構える水滸伝梁山泊の姿がほの見える。それらいっそう錯雑とした星座は、相も変わらず驚くことによりいっそうと混沌の輪郭をぴったりと配置しています。

絶えずより錯雑と増殖しつづけその度にぴったりとあの混沌を名指してしまう奇妙な星座群。こんなものはどう考えても手のひらに乗っかるものではなく、せいぜいシャワーとして享楽するしかないのです。平岡正明の言葉は絶対的マルチメディアなのです。たしかに踊ってみせてもくれる。歌ってみせてもくれる。口でラッパだって吹いてくれる。しかしそういうマルチメディアではないのです。平岡正明のマルチメディアはあの星座群でありまたその狂気です。その前では視覚も聴覚も消え失せて、つまり星座の蠢きのみ。それが人間の不可触な根源に届くから、その残響が僕らの実際の五感を震撼させるのです。



今思うとボクの自我を押し付ける図々しい企画だったと恥ずかしく思うこともある。でも、天下の平岡正明に今の最新の文化をぶつけたらどう反応するのか?という好奇心を抑えることができなかった。そんなボクのわがままなアイディアを平岡さんはすべて受け入れてくれた。「よし、面白そうじゃないか」と噺のテーマを毎回ボクが振ると快諾してくれるのだが、実際に噺が始まるとテーマからは遠く離れ、主催者のボクをどぎまぎさせた。聴いているこっちがテーマなんてもうどうでもよくなってきたころに強引にテーマに立ち返ってきてハッとする。その見事なインプロヴィゼーションに職務も忘れて次第に魅了されていった。

終了時間に終わらないこともしばしば。逆に時間オーバーするとジャズマンが憑依したかのように言葉がスイングしだす。P-FUNKがフジロックに出演したときジョージ・クリントンがスタッフに「演奏を自分たちで止めることができないから、適当なところで電源を落としてくれ」と言ったらしいが、その電源を落とす役目のスタッフの気持ちがボクにはわかる。ノッてる人の動きを止める仕事は本当にしんどい。そんなことはしたくない。ファンとしてのボクと勤め人としてのボクの葛藤タイム・・・

書いてくるうちにいろんな感覚を思い出してくる。切がないのでやめよう。DJ寄席によってボクはファンの一線を越え、一瞬だけでも共犯者になれたのか。勝手にそう思いたい。犯罪者同盟、批評戦線、新左翼三バカトリオ、全冷中、梁山泊プロダクション(これは映画の中の話だ)、野毛大道芸・・・ と偉大な共犯関係の歴史の流れとは次元の違うちっぽけな話だけど、ボクがそう思ったのでこの感情は絶対的に正しい、と名著『ジャズ宣言』は勇気づけてくれる。あの体験を大事にしていきたい。



平岡さんのBodyはこの世になくともSoulは書籍となって100冊以上も残っている。そしてボクにはそれが肉声として聴こえる。なんという幸運。ボクらと平岡さんとの間に世代を超えた共犯関係があるとしたら、やはりリロイ・ジョーンズが「変りゆく同じもの」と呼んだブラック・ミュージックのおかげである。

最後に『山口百恵は菩薩である』を書いた平岡さんへのアンサーソングだとボクが勝手に思い込んでいるソウルミュージックをあの世に向けて届けたい。山口百恵の素晴らしさを教えてくれたことに感謝しつつ。



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  • By harpobucho / Jul 14, 2009 3:11 pm

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