石原慎太郎

刷り込み教育が重要

14日の読売新聞朝刊の石原慎太郎インタビュー
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全体的に発言が酷いんだけど、「町でおまわりさんが困っていたら、子供でも助けましょう」って意味不明過ぎ。



たまたま太郎

毎日着るTシャツを選ぶのが朝目覚めてする最初の儀式なわけだが、この季節は下着としての役割に過ぎず、特にこだわりもなく寝ぼけ眼で無意識に選択することが多い。

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たまたま秘密結社アセファルのTシャツを着ていたことに気づいたのは、NHKの岡本太郎生誕100年企画ドラマ『TAROの塔』を見終わり、風呂に入ろうと服を脱いだときに、アンドレ・マソンの頭のない奇妙なデッサンが胸部に現れたときだ。ファシズムが猛威をふるっていた当時の切迫感を着るには今の時代は十分過ぎるほど条件が揃っているのではないか。

たまたまついでに書いておくと、その日はアセファルのメンバーでもあったロジェ・カイヨワの『遊びと人間』の「模擬と眩暈」の章を読み返していた。

連日タンジールクリニック(←これが「模擬」の遊び)を訪れる見舞客に対して、まるで自分が病人を演じている(実際病人なんだけど)ような気持ちにもなっていて、病状の眩暈(めまい/イリンクス)との相乗効果もあって、病人ごっこにハマりつつある自分を戒めるために手にとったのだった。

カイヨワは遊びの4つのカテゴリーの中の「模擬」と「眩暈」の組み合せ(あとの2つは「競争」と「運」。こっちの組み合せは今の社会と相性がいい)があまりに日常に近づくとそれは「遊びの堕落」になるのだと教えてくれた。油断すると気のふれた人と変わらなくなってしまう危険性があるのだ。ボクが冗談を連発するのはきっとそれを避けるためであり、冗談の通じない人と遊ぶことが困難なのもそのためだ。

岡本太郎とジョルジュ・バタイユは、カイヨワと違って、気がふれることをまったく恐れていないどころか、積極的にそっちに向かおうとしているところもあり、気が(ふれ)あったのだろう。下記は『TAROの塔』登場人物相関図。

http://www.nhk.or.jp/dodra/taro/cast/index.html

次週はパリが舞台なのでバタイユが登場する。以前、日本テレビの「明日の神話」の特別番組で日本のスタッフがパリまでいって岡本とアセファルの関係を探る企画をやっていたが、なにせ秘密結社なので謎が多く、アセファルの資料集である『聖なる陰謀』(ちくま学芸文庫)の編者マリナ・ガレッティまで引っ張りだしてかなりディープに切り込んでいたのが印象的だった。今回はドラマとしてどのように描かれるのか興味津々。

岡本太郎を演じるということは、強烈な模擬と眩暈のなかにイルことであり、俳優松尾スズキからも目が離せない。

これもまたたまたまなのだが、今図書館で借りている石原慎太郎の本に岡本太郎との交際話が書いてあり、その文章はこう締めくくられていた。

 彼の晩年、あるパーティで養女の敏子さんに手を引かれてやってきた彼を目にして固唾を呑んだ。聞くとパーキンソンという厄介な病を患っているそうだが、体は自由に動かせなくなっても、その目は相変わらずキラキラとしていた。

で私が思わず、
「でもいいねえ岡本さん、あいかわらず気のふれた少年みたいで」
いったら、その古い言葉の意味がわからなかったのだろう、
「なんだその、気がふれたってえのは」
聞き返されたので、
「半分気違い、ということですよ」
いったら、すかさず、
「なんだ、それならお前もそうじゃないか」
いい返されて私はもの凄く愉快だった。

石原慎太郎『私の大好きな日本人』



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